猫小説『佐々木テンコ』第4章「あの子が、来た!」其の一

猫一匹拾っても、世界は変わらない。でもその猫と家族にとっての世界は、まったく違うものになる。

実話を元にした猫小説、連載第5回。元捨て猫の「テンコ」が夫婦の家に迎えられて早一年が過ぎた頃、新たな保護猫が…!?

 

一週間がなんかいかまわると、「一ヶ月」。一ヶ月がなんかいかまわるうちに、「春」「夏」「秋」「冬」がやってきて、「一年」がすぎる。

この家には、なにやら暑すぎても寒すぎても壊れてしまうものが、たくさん置いてあるみたい。ランはよく、

「今時エコじゃないね、年中エアコンをフル稼働させている家って」って言う。そのせいかな、わたしもポーチやベランダで遊んでいるときしか、そんなに暑いとも、寒いとも感じない。でも朝のおとずれが早くなったり遅くなったり、昼が長くなったり短くなったりするから、外に出なくても一年が流れていることはなんとなくわかる。そしてちゃんと、わたしの毛は冬になるといよいよモフモフになる。

プはあいかわらず一年の間になんかいか、「出稼ぎ!」と言って、ふいっと一ヶ月くらいいなくなる。それはちょうど布団を入れ替えるころ。「春」「夏」「秋」「冬」の合間をぬって、遠い場所に行っているようだけれど、もう、それにもおどろかない。元気に戻ってくるのだから。

お家にいるときのプは眠るまえに、ベッドの上に寝ころがって雑誌やら漫画やら小説やらを読むのが好きだ。プにとっては「ネットともテレビとも、関係がない自由な時間」らしい。いまはアメショーという猫が出てくる漫画に夢中になっているよう。しょっちゅう、

「猫種ってテンコが来る前はあまり気にしていなかったけれど、テンコはやっぱりメインクーンだなって思う。じゃあ、アメショーは基本的にこの漫画みたいに陽気で大らかで、優しい猫なのかなぁ」と、ランに話しかけている。

 

朝からパソコンをパチパチしているプの横で、ケータイが鳴った。

「もしもし、お母さん。どうしたの?」

パチパチを止めたプは、ケータイへうんうんとうなずいたあと、

「ダメだよ。また猫を増やしちゃ。大人になりかけたくらいの猫なんでしょ。長生きだったら、これから二十年間くらい一緒に暮らすこともあるのだから。その時、お母さん、何歳?九十歳くらいなっているかもよ?ちょっと考えるから。また電話する」

ケータイを置いて、ふぅっとため息をつきながら、

「アメショーっぽい子か…。ならば、どうにかなるか」と、わたしをじっと見つめた。

 

夜にランが帰ってきた。居酒屋ささきで「今日のテンコ」メモをランに渡したあと、プがまじめな顔で切りだした。

「両親の年齢を考えたら、実家へはこれ以上は絶対に猫を保護しちゃダメ!って言ってきたのだけれど、いまでも玄関に外猫用のご飯を置いていたみたい。そこにアメショーっぽい女の子が迷い込んできて。同じ頃に近所のほかのお家でも、大人になる前くらいのアメショーっぽい子を保護したのだって」

「同じ年頃の、同じような猫種が、近所でいきなり何匹か現れる。テンコのときと、似ているね」

「実家は昭和な住宅街だし。売れないか、もてあまして捨てられたのだと思うの。鼻水や目ヤニでグズグズらしいのだけれど、家族、とくにお母さんの情が、このままじゃその猫に移ってしまってしまいそう。瓜坊のような背中の模様が愛らしくて仕方ないらしい」

「いま、ご実家には、猫が何匹いるのだったっけ?」

「十匹以上?でね、最近、私、アメショーの実話漫画を読んでいるでしょ。もちろんテンコが最優先だけれど、まだ大人になっていない、気立ての良い子だったら、うちの家もあともう一匹くらいはアリと思って。私が出稼ぎに行くときは、テンコ、お昼はひとりぼっちだし」

ランが迷うことなく答えた。

「じゃあ、明日、引き取りに行こう」

「へっ?明日?」

プはほんとうにおどろいたとき、「へっ?」と間抜けな声を出す。

「俺、明日はたまたま午前勤だから、午後は空いている。それにプのお母さまも猫も、互いに情が移る前の方が良いと思うよ。プがいないときでもテンコのお世話は慣れたし、二匹になっても大丈夫。なによりも、七十歳を超えたプのご両親が、十匹以上の猫のお世話をすることが非現実だよ。情と責任を持てるってことは違うのだから」

プは話しの早さに戸惑っていたみたいだけれど、

「じゃ、お母さんに電話する!テンコと暮らして幸せにならない猫なんて、きっといない!」と、トンチンカンなことを言って、さっそくケータイを手にした。

ケータイでまたうんうんとか、だからね、とかいろいろ言っていたけれど、明日の夕方に引き取りにいくことが決まったよう。

 

ランとプはよく、「またいつか、タヒチに行きたいね」と話す。

タヒチとは遠い遠い南の島で、いちど見たら忘れられないくらいのとびっきりに美しい空や海というものがあって、そこでランとプは結婚式というものをあげたらしい。

アメショーっぽい子を引き取ると決めてからは、プはうっとりと話す。

「テンコにはいい加減に名前を付けてしまったから。女の子でしょ?今度はタヒチにちなんだカワイイ名前にしたいなぁ」

「タヒチの花の名前とか?」

「うん、ティアレとか、ヒナノとか」

「でも忘れてはいけないよ。猫へも人へも、期待し過ぎちゃダメ。どんな子が来ても、テンコの幸せを乱さないこと。これが一番大切」

「わかった」

つぎの日の夜、ランとプはキャリーケースを手に帰ってきた。キャリーケースの編み目越しに、獣医さん以外でひさしぶりに見る「猫」は、プが「お家に着いたよ」と声をかけても、不安そうにおおきな声で鳴いていた。それよりも不思議だったのが、あんなに「アメショーっぽい、その名もティアレかヒナノ~」とウキウキと出かけていったプが不満そうな顔をしていたことと、その猫を「ボンビ」と呼んでいたこと。

「ふつうは新しい猫を迎えるとき、ケージとかで距離をとって少しずつ先住猫と慣らさないといけないのだけれど」

「でもさ、プ。車の中でのあの鳴き方。ボンビは狭いところが、極端に苦手なんだと思うよ。テンコはワクチンを打っているし、ボンビはとにかくキャリーから出たいのじゃないかな」

「ボンビだけ離してお世話できる部屋もないし、大きなケージもないし。じゃ、出そうか」

プがキャリーケースのファスナーをあけると、ボンビと呼ばれている猫はあっという間に外に出て、まっしぐらに廊下を突っ切り、居間にあるソファーの上に飛びのった。そのソファーは、わたしが隠した小鳥が見つかってから半分は捨てられたけれど、ランのお気に入りだったみたいで、半分はまだキャットタワーの横に残っている。

ボンビはソファーの上で、とても神妙でマジメな顔をした。いや、神妙というより、わたしだってあの暑い場所ですべてをあきらめたのは、素っ頓狂な「あつい あつい 夏の夜」を聴いてからなのに、あきらめるのは当然と言わんばかりに、じょ~っとオシッコをした。

さすがのランも「あぁぁぁぁ」という表情を浮かべて、プが「トイレの場所を教えなきゃ!」と捕まえようとすると、ボンビはさっきまで不安そうに鳴いていた猫とは思えないくらいの素早さで、ソファーを駆けおり、また廊下を走り抜け、台所のほうへ消えていった。

プのケータイが鳴った。

「もしもし、あ、お姉ちゃん。だからね、さっきも言ったでしょ」

プはとてもイライラしているようで、話しおえるとますます不機嫌になった。

ランが、肩を落とした。

「お母さまの情が移っていたのは分かっていたけれど、出張が多くてお世話できないお姉さんまで。まるで猫さらいみたいに言われた挙げ句、帰るやいなや、俺のソファーはオシッコまみれ」

「あの子へ躾は無理そう…。思っていた以上に目と鼻もグズグズだったから、元気でさえあったらいい。だから名前もタヒチの力持ち大会で優勝したボンビさんと同じにしたけれど。当のボンビさんに申し訳なくなってきた」

「でも引き取ることを即決したのは、俺。言ったでしょ。猫へも人へも、期待し過ぎちゃダメ。テンコはいつでも幸せで、ボンビはずっと元気。それだけでも、なかなかできないことだよ」

わたしはベッドに行くことにした。ソファーはもう使えないし、居間は雰囲気がよくないし。するとどこを走りまわっていたのか分からないボンビが、ベッドに飛びのって、いきなりわたしの口のまわりをペロペロした。

くさい!

避けても避けても、ボンビはペロペロする。顔をそむけたら、わたしがあまり触られたくないところ、プのいう「絨毯のような後ろ足の裏」などにゴロゴロと頭をすりつけてきた。
わたしがこの家で初めてのオシッコに失敗したときは、とてもションボリしてしまった。それからも「ダメ!」って言われるたびにションボリするのだけれど、ボンビにはションボリとかはないのだろうな。自分勝手さはプと似ているかも。じゃあ、大丈夫。わたしは自分勝手なプには、さんざんなれているから。

文・堀 晶代
写真・堀 晶代/カズノリ

ほり・あきよ


フリーライター。物心ついた頃からたくさんの猫たちと育つ。大阪市立大学生活科学部卒。2002年よりワイン取材で日仏往復生活を送るなか、母の「フランスの猫の写真を見たい」という思いつきのような言葉から、猫や猫をとりまく人たちの撮影や取材を開始。自著に『リアルワインガイド ブルゴーニュ』(集英社インターナショナル)。現在は夫、猫二匹と一緒に大阪暮らし。

-佐々木テンコ, 連載