寄りそう猫「ねぎ様はいい女」

ねぎ様と、いっとくさんは、21年間一緒に暮らしてる。ねぎ様は、わがままだけど、この上なくいい女だ。

ねぎ様は、シャインマスカット色の美しい瞳を持つ三毛猫だ。

推定23歳。もしかしたら、それ以上。英語教師で造形作家でもあるいっとくさんと、ひとつ屋根の下で暮らしている。

年と共に少し寂しがり屋になって、いっとくさんがお風呂に入っているときも、トイレに入っているときも、ずっと鳴き続けている。

そのくせ、朝、仕事に出かけるときは、鳴かない。「私のご飯を稼いでくる」と分かっているようだ。

いっとくさんとねぎ様の出会いは、21年前のこと。当時住んでいた町は、やたら自由猫の多い町だった。

ある日、庭をつと通り抜けた若い猫。

「お、美人!」

手術済みではあったけど、飼い猫ではないようだった。だが、ご飯を置いても、近寄っては来ない。

寒くなり始めた頃、鍋物の準備をしていたら、あの子が庭からのぞいていた。

いっとくさん提供

「お前も鍋でも食うか」そう声をかけたら、スッと家の中に入ってきた。

「鶏肉なんぞを一緒に食べたあと、ごろんと寝ころんだぼくの胸の上に乗ってきて、くつろいだんです」

そのうち、いなくなるのかな、とも思ったが、スッと入ってきたときに箸でつまんでいたのがネギだったので、「ねぎ」という名をつけた。

「以来、ずっと彼女のペースに合わせて暮らしています。朝は、きっかり5時50分に起こされます」

遊びに来る友人たちが、その女王様ぶりを見て、「ねぎ様」と呼ぶようになった。

ねぎ様は、とにかく雄猫たちにモテた。多い時は日に3匹か4匹、入れ代わり立ち代わり、庭から迎えに来た。

「ねぎは窓から見下ろしていて、気に入った雄猫のときだけ、『外に出して』と鳴くんです。車の下でデートしたり、鼻先にキスしてあげたりするだけなんですけどね」

ステディーな関係になるのは、年に2回くらい。ガッチリ系からジャニーズ系まで、さまざまだった。

「6年くらい前に通ってきていた雄猫で、ぼくの顔を見ると、『にゃあ(や、お父さん)』って、ちゃんと挨拶をする子がいて、『俺はアイツがいいと思うぞ』とねぎに言ったんだけど、続かなかったなあ」

そんなねぎ様も、3年前から、甲状腺と腎臓を患い、病院通いが始まった。

薬を液状おやつに混ぜて飲ませようとしたものの、ねぎ様は、世の猫たちに大人気の、この軟弱おやつが大嫌い。薬を飲ませるのに、いっとくさんを四苦八苦させている。

体重もかなり減って、あまり外出をしなくなり、雄猫とのデートもめっきり減った。

先日、若い雄猫が迎えにきたときには、『追っ払ってちょうだい』と、いっとくさんを呼びつけたという。

というわけで、現在のねぎ様の彼氏は、いっとくさん。

いっとくさんは猫の絵もよく描くが、どれもねぎ様が入っている。

年と共にねぎ様は、ますますわがままになり、その日に食べたいものを食べないと不機嫌に。

「だから、毎日、魚と肉を用意します。それぞれお皿にのせて、ねぎが選ばなかったほうがぼくのご飯になります」

一日一回、「抱っこ」と要求し、抱いてやると、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。

夜には、家の前の小公園に「一緒に行きましょ」と誘ってくる。ただベンチに並んで座っているだけなのだが、10分ほどで満足して、自分から家に向かうねぎ様だ。

「だけど、ぼくが風邪をひいたときなんか、一切わがままを言わない。わがままで、わきまえていて、いい女なんです」

そして、いっとくさんは、しみじみと言う。

「あと何年一緒に暮らせるかなあ。がんばって長生きしてほしい。どんなわがままも引き受けるから」

ねぎ様は、いっとくさんの初めての猫である。

 

寄りそう猫
佐竹茉莉子・著

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※この物語は、2019年発行当時のものです。

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