寄りそう猫「ボクは、新入り教育係」

保護猫カフェ「鎌倉ねこの間」の新入り教育係は、とらくん。散歩中の柴犬に命を救われ、ここにやってきた。

緑あふれる鎌倉の閑静な住宅地に「鎌倉ねこの間」はある。オーナーの久美子さんが自宅の一部を譲渡型保護猫カフェとして、3年前に開いたものだ。

つらい思いをした末に保護された猫たちに、新しい家が決まるまでをのびのび過ごしてほしいと、吹き抜け階段や大窓、ロフトもある、思い切り開放的な空間になっている。

お客さんの膝の上で甘える猫、階段で追いかけっこする猫、大窓から裏山のバードウォッチングを楽しむ猫、高い梁の上を散歩する猫、籠の中やソファーで寝入っている猫。

みんなやんちゃ盛りの年齢だが、中に1匹、落ち着いた態度の大きな茶トラの猫が混じっている。

とらくん。3歳の雄猫だ。彼はここになくてはならないスタッフで、やさしいボスであり、新入り猫たちの教育係もあい務めている。

とらの穏やかな目は、まんべんなく、店内の子猫たちに注がれている。

甘えてくる子猫には、そっと寄りそう。やんちゃの度が過ぎる子猫には、首根っこを軽く噛む教育的指導が入る。

まるで、ベテラン保育者のように、子猫たちから慕われている存在だ。

今日は、お客さんが空き箱をおみやげに持ってきてくれた。

子猫たちが取り合ってひとしきり遊んだあと、最後にとらも入ってご満悦顔。とらだって、まだ3歳なのだ。

様々な経緯で保護された子猫たちが、しあわせな卒業までのひとときを、ここで共に過ごす。

とら自身、生まれたてを捨てられた仔猫だった。命を救ってくれたのは、散歩中の柴犬だった。

3年前のとても寒い2月のある朝。飼い主の由美さんと早朝散歩を楽しんでいた柴犬の殿介は、いつもの公園を横切ろうとして、はたとその足を止めた。そして、滑り台へと突進した。

滑り台の下に置かれていたのは、段ボール箱。由美さんが開けてみると、中には、まだへその緒がついた生まれたての子猫が7匹。すでに冷たくなっている子や、息の浅い子もいた。

由美さん提供

懸命の手当てで生き残ったのは、3匹。そのうちの1匹がとらである。

とらたちは、殿介から文字通り「舐めるように」可愛がられて育った。

由美さん提供

由美さん提供

殿介が散歩中に仔猫を見つけるのは、とらたちが初めてではない。捨てられたり、ノラ母さんとはぐれたりして、衰弱した仔猫たちの声にならないかすかなSOSを、殿介は聞き逃さなかった。

7年前。不用犬として飼い主から保健所に引き渡された殿介は、保護団体のシェルター経由で由美さんの住む温泉町へやってきた。半年たって、ようやく由美さんたちに心を開いた。

そして、3度のご飯より散歩が大好きになり、仔猫救助という特異な才能を発揮し始めたのだった。

次々と仔猫を発見する殿介のボランティア活動はあっぱれなのだが、譲渡先探しが大変だ。

そんなとき、お世話になっている獣医さんの紹介で、「鎌倉ねこの間」の在籍猫に空きができたときに受け入れてもらうルートが開かれた。

そのルートの第1号がとらだった。とらは、賢さも気立ても申し分ない猫だったが、なぜか、なかなか譲渡先が決まらずにいた。

後から入って来る新入りたちの面倒見のよさに久美子さんは着目した。

殿介から受けた愛情教育を、とらはちゃんと受け継いでいるのだった。

とらは、「新人教育係」を拝命し、ねこの間のスタッフとなった。

「もらわれていくことが決まった子猫には、抱え込むようにして念入りにペロペロ舐めてやるんです。だけど、なかなか決まらない子には、『後がつかえてるから、そろそろ出ろよ』みたいに追い出しムードになります。そうすると、不思議に、すぐ譲渡先が決まるんですよ」と、久美子さんは笑う。

殿介が救って、温泉町から鎌倉ねこの間に送り込んできた子猫はこれまで、とらを含めて9匹にもなった。

由美さん提供

由美さん提供

白黒ハチ割れの「いよ」は、道ばたで餓死寸前だった子だ。

うす三毛の「いちご」は、民家の外壁の中から出られなくなって、必死に助けを求めていた子だ。

直接助けたのは由美さん夫妻だが、助け出されるや、いちごは殿介のもとに駆け寄って、「よかった、よかった」と毛づくろいしてもらったという。

由美さん一家や殿介から注がれた愛情を久美子さんやとらに引き継いでもらい、すくすく育ったいよもいちごも、もらわれていく日が決まった。

とらが、いちごをやさしく毛づくろいし始めた。

見捨てられた犬のいのちにそっと寄りそう人がいた。その犬がより弱い捨て猫のいのちに寄りそった。そして、寄りそわれて大きくなった猫が、今また小さないのちにそっと寄りそっている。

種を超えて、愛は巡り、いのちをつないでいく。

 

寄りそう猫
佐竹茉莉子・著

定価:1320円(税込)
単行本(ソフトカバー)
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※この物語は、2019年発行当時のものです。

写真と文:佐竹茉莉子

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