今や当たり前のように書店に並ぶ日本の猫雑誌。しかし、その歴史は意外に浅く、いつも社会情勢に左右されてきました。猫雑誌はどのように発展し、猫と人間との関係や時代をどのように反映してきたのでしょうか?『猫が歩いた近現代―化け猫が家族になるまで』(吉川弘 文館)で猫好きにもおなじみになった歴史学者が解説します。
文・写真提供・真辺将之
日本初の猫雑誌
日本最初の雑誌は1867(慶応3)年刊の『西洋雑誌』ですが、最初の猫雑誌である『猫の研究』が刊行されるのはそれから60年以上後の1935(昭和10)年7月のことです。犬の雑誌は、大正初期には既に東京発行のものだけで3誌もあったそうですので、猫は犬に大きく遅れをとっていたのでした。拙著『猫が歩いた近現代』でも詳しく述べたように、当時猫の人気は犬に遠く及ばないものだったのです。
『猫の研究』も、雑誌『犬の研究』を発行していた「犬の研究社」から出ています。内容は本格的で、例えば最新のイギリスの研究に基づく猫の身体の解説や、専用の猫舎を用いた猫の飼い方が紹介されていたりします。日本の猫の歴史や、猫の種類(純血種)の解説、画家の藤田嗣治を始めとする著名人の随筆の掲載などもあり、盛りだくさんの内容でした。しかし結局1号だけで終わってしまったようです。
猫サークルの会誌
次に猫の雑誌が一般向けに売り出されるのは、それからまたかなり後、1972(昭和47)年のことです。しかしこの間、会員制の猫サークルによって出された会員向けの雑誌が存在していました。
1954年7月7日に設立された日本最初の全国的な猫サークル「日本ネコの会」が1957年から会誌『猫』を発行、これが戦後最初の猫雑誌になります。同会はその後、1963年に「日本ネコの会」と「日本猫愛好会」に分裂しますが、会誌は後者がそれまでの形態を引き継ぎ、1998年に解散するまで、会誌『猫』を334号まで35年間にわたり発行しました。
当時は猫の書籍もほとんど出版されておらず、犬や鳥の飼い方ガイドはあっても、猫のものは存在しませんでした。社会のなかで少数派だった猫好きにとって、こうした会誌での情報交換は貴重なものでした。
なかには、個人で定期的に猫情報を発信していた人もいました。日本猫愛好会の中心会員でもあった福田忠次氏の『ねこ通信』です。
また、戦後進駐軍が持ち込んだシャム猫など洋猫の飼育がブームになると、洋猫愛好家の団体が誕生し、のちにキャットショーを主催するブリーダー団体へと発展していきます。最初の団体は、1955年3月27日に設立された日本シャム猫クラブ(のち分裂して、JCAとJCCに発展)ですが、同会も1957年3月から会誌を発刊しました。
猫商業誌の隆盛
1972年になって、ようやく書店で売られる雑誌として緑書房から『キャットライフ』が創刊されます。毎号かわいらしい猫の写真が多く収められ、有名人の飼い猫や、海外の猫事情、猫の歴史、キャットショー情報など、猫のさまざまな情報を多角的に取り上げた雑誌でした。
またその翌1973年『キャット・ジャーナル』という雑誌が発売されます。洋猫のブリーダー向けの記事やキャットショー関連の報道が中心でした。1970年代になり、猫の雑誌が相次いで登場した背景には、高度経済成長を経て人々の生活に余裕ができてきて、猫を愛好する人が増えたことが背景にあります。
また写真・印刷技術の向上で写真の撮影や印刷・出版のコストが低下し、活字メディアが多様化したという側面もありました。
雑誌や書籍による猫情報が増えると、1978年頃から、「猫ブーム」の言葉がメディアを賑わしていくことになりますが、この年に創刊されたのが『猫の手帖』でした。当初はB6判の小さい判型に文字のびっしりと詰まった雑誌で、洋猫ではなく「どこにでもいる猫」を取り上げ、また読者参加型の誌面構成であったことも特色で、創刊準備号は二万部以上を売り上げて話題となりました。
以降、同誌が2000年代に至るまで猫の雑誌界をリードしていきます。特に、1982年につくられた読者投稿写真コーナーは人気を博し、それを再録した写真集がいくつも発売されました。90年代に入ってもその勢いは止まらず、最盛期には公称16万部に達し、本誌のほかに、動物愛護から読者投稿の面白写真まで、90年代だけで約20冊の別冊書籍を発売し、1998年にはVHSビデオ版の『猫の手帖』まで出されました。
なお、この頃までは、記事だけでなく、広告も読者にとっては大きな情報源でした。猫のダイエット・健康食品や猫のおもちゃ、ケージ、タワーなど、さまざまな商品の存在をそこで知り、通販で購入することができるのも魅力でした。
ネット時代の猫雑誌
こうした猫の雑誌界に大きな変動が生じるのは1990年代末からです。すなわち、インターネットの普及によって、人々の情報環境に大きく変化が生じたのです。デジカメの普及と相まって、猫のおもしろ写真が数多くインターネット上で拡散され、猫ブームがさらなる勢いを増していきます。こうした猫ブームのさらなる盛り上がりを背景に、猫雑誌の創刊ブームが起こります。
その前20年間では、1988年に『猫100%』、年に『ねこ倶楽部』が創刊された程度であったのが、2000年代前半だけで『猫びより』『ねこ』『猫 Chat Vert 』『ネコまる』『ねこのきもち』などが相次ぎ創刊され、書店の雑誌コーナーに猫の表紙が並ぶ状況が見られました。
2000年代半ばから後半にかけては、猫の漫画雑誌の発行が相次ぎました。こうしたなかで大きな打撃を受けたのがかつての猫雑誌の王者『猫の手帖』でした。競争の激化に加え、読者投稿を重視していたこともあり、ネットの登場によって代替されうる要素が多く、2008年に休刊となりました。
また『キャットライフ』の後身『CATS』も、2007年に誌名を『猫生活』と変えたのち、2014年に休刊となっています。情報源がネットに移り雑誌界全般が縮小傾向になっていくなか、2010年代以降、一般雑誌が猫特集や別冊版をつくるという、拡大を続ける「空前の猫ブーム」に伴う動きも顕著になります。雑誌『anan』や『週刊朝日』などが定期的に猫特集を組むようになり、『ねこ自身』(女性自身)『NyAERA』(AERA)『にゃっぷる』(まっぷる)といったパロディ雑誌も多く登場し注目を集めます。
しかし、定期的な刊行を行っている猫雑誌には、この手は使えません。かつてほとんどが月刊誌であった猫雑誌は、現在では隔月刊や季刊のものがほとんどとなりました。しかしそれでも、プロの写真家による質の高い写真で差別化を図ったり、芸能人とのタイアップでファッション誌のような表紙にしたり、あるいは、猫のおもちゃなどのグッズを毎号付録につけたりなど、それぞれネットとは異なる特長を打ち出して生き残りを図っています。
筆者はこの3月末まで1年間、ヨーロッパに滞在していまして、日本の猫雑誌がその内容の多彩さにおいて、決してヨーロッパの猫雑誌に劣っておらず、世界的にも高い水準にあることを知りました。今刊行されている雑誌にはぜひもうひと踏ん張りしていただき、こうした高い水準の「猫文化」の火を灯し続けていただけることを願っています。
Manabe Masayuki
早稲田大学文学学術院教授。早稲田大学大学院文学研究科史学(日本史)専攻博士後期課程満期退学。博士(文学)。日本近現代史専攻。1973年栃木県生まれ、千葉県出身。政治史・思想史の他、人間と動物の関係史も研究。2021年、日本の近現代において、人々が猫に向けてきたまなざしがどう変化してきたか、人間社会がどのように猫を扱ってきたかをテーマにした『猫が歩いた近現代―化け猫が家族になるまで』(吉川弘文館)を出版。他、主な著作に『大隈重信―民意と統治の相克』(中央公論新社)、『東京専門学校の研究』(早稲田大学出版部)、『西村茂樹研究―明治啓蒙思想と国民道徳論』(思文閣出版)など。