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猫だって……「やさしい人のそばがいい」

町の人にかわいがられ、外猫として頑張っていたミケちゃん。ある嵐の夜、朝までそばにいてくれたのはやすらぎさんでした。

アタシの名は、ミケ。やすらぎさんがつけてくれたの「穏やかないいお顔してるね」ですって? ふふ、アタシ、今、やすらぎさんにスペシャルマッサージをしてもらってる最中だもの。やすらぎさんの手は、とってもあったかいの。声もいつだってやさしいの。

やすらぎさんと出会ったのは、5年前。アタシがまだ1歳くらいの時よ。当時のアタシは公園を住処にしてて、ご飯をくれる美容室まで毎日通ってた。やすらぎさんのお店はその手前にあったの。

photo: やすらぎ治療室

「鍼灸・マッサージ やすらぎ治療室」と名札のある、角の小さなお店だった。ドアのガラス越しに見るその男の人の目はとってもやさしかった。

今、やすらぎさんはこう言うの。

「いつも恥ずかしそうにのぞいてたね。あの頃のミケちゃんは、幼な顔なのに、外で生きるさびしさや哀しみを知った目をしてた」

アタシ、生まれつき、後ろの右足がないの。

「うわぁ、あの猫、足がない!」

「可哀そうな猫だなあ」

そんな言葉を町で投げかけられるのは、しょっちゅうだった。走るのも速くて、ふつうの猫と変わらないのに。

やすらぎさんの目には「哀れみ」なんてなかったわ。「味方だよ」って、その目は言ってた。やすらぎさんはお店の外でアタシにご飯をくれるようになったわ。

アタシのこと、かわいがってくれてる人は、やすらぎさんや、やすらぎさんの奥さんや、美容室さんのほかにもいたわ。

やすらぎさんのお向かいの2階に住んでるおばあちゃんは、足が不自由だったけど、ときどき下までおやつを運んでくれた。下まで降りてこられなくなってからも、2階の窓から、よく手を振ってくれた。

photo: やすらぎ治療室

photo: やすらぎ治療室

朝、やすらぎさんがお店にやってくる自転車の音が聞こえると、アタシは通りの向こうから、ノウサギのように駆けつけたわ。

雨や風が強い日、やすらぎさんはお店の中に入れてくれた。ソファーでくつろいだり、足元にスリスリしたり。屋根の下はあったかかった!でも、お店を閉める時間になると、「ごめんね」と言って、お外に出されたの。

「ミケちゃんをおうちの中で暮らさせてあげたいけど、飼えない事情があるんだ。お店も、いろんなお客さんが来るからね……。もし、店猫にできたとしても、ずっとお外で暮らしてたミケちゃんは、お店にひとりでお泊まりなんてできっこないよね」

やすらぎさんはつらそうだった。おうちに帰っても、外に出す時のアタシの哀しそうな目が忘れられない、って。

そのうち、やすらぎさんは、アタシのために、朝5時にお店に来てくれるようになったの。天候や事故や病気や虐待や……いろんなことが心配のあまり。

ある日、やすらぎさんは言ったわ。「ミケちゃんの里親を探そうと思うんだ。会えなくなるのはさびしいけど、ミケちゃんが事故に遭ったり、病気になってしまうことの方がつらいんだ……」

やすらぎさんのそばがいい!そう伝えたかったけど、やすらぎさんを困らせたくなくて、アタシは、ただじっとやすらぎさんを見上げてた。

アタシは、里親探しの前に、避妊手術を受けることになったの。やすらぎさんが毎日発信してる「ミケちゃん」っていうツイッターを見てる人たちが、手術費用の足しにと、カンパを送ってくれたわ。

手術の後、わかったの。アタシの子宮は腫れあがってて、ほんの少し遅れてたら命はなかった、って。

photo: やすらぎ治療室

photo: やすらぎ治療室

ある嵐の夜だった。自転車置き場の隅っこでうずくまっていたアタシを見て、やすらぎさんは、涙を流しながらそっと抱き上げ、お店に連れてって、朝までいっしょにいてくれたの。手術して間もないアタシが、嵐の夜を外でひとりぼっちで過ごさなければいけないことに、胸が締めつけられたんだって。

そのあと、凍えるような寒さで、どうしてもお外に出たくない夜が来たの。「ミケちゃんだけで泊まるのは無理」って思ってたやすらぎさんだったけど、嵐の夜になんにも困らせることをしなかったアタシだったから、とっても心配しながらも、思い切って泊まらせてみてくれた。

次の朝、とってもいい子でお泊まりしたアタシは、飛んできたやすらぎさんをとびっきりの笑顔で迎えたの。

「どう?ちゃんとひとりでもお泊まりできるわ」

その朝、やすらぎさんは決めたの! アタシを店猫にして一生しあわせにする、って。里親は決まりかけていたのだけれど。

photo: やすらぎ治療室

photo: やすらぎ治療室

アタシは、大きなベッドとトイレとカーテン付きの個室をもらったの。やすらぎさんが専用マッサージ師と専用シェフもしてくれてるの。受付をしてるやすらぎさんの奥さんもすごくかわいがってくれる。夕方の散歩に出てもすぐに帰ってきちゃうくらい、アタシ、ここが気に入ってるの。やすらぎさんが、アタシのしあわせを心から願ってくれたこと、よおく知ってる。だから、ここで暮らすルールを自分で作ったの。

1.いたずらはしません。
2.厨房には入りません。
3.猫好きのお客さん以外の時は個室で気配を消しています。

ちゃんと守ってるわ。

アタシのファンのお客さんも増えてきたのよ。奥さんを亡くしたばかりの80代のおじいちゃまは、アタシに会うのをそれは楽しみにしてくれてる。

この前、新聞配達のお兄ちゃんに言われた。

「わあ、ここの猫になったんだ!公園からいなくなって心配してたけど、よかったあ」

やすらぎさんは、雨の日も、風の日も、雪の日も、おやすみの日も、いつだって、アタシのために早朝出勤を続けてくれてるわ。この頃は、5時よりも早いの。

きょうも、アタシ、やすらぎさんをドアの前で待ち構えて迎えるの。ほら、こんなとびっきりの笑顔で。

「大好きなやすらぎさん、おはよう!」

photo: やすらぎ治療室

猫だって……。
佐竹茉莉子・著

定価:1320円(税込)
単行本(ソフトカバー)
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※このエピソードは、本が発行された2018年当時のものです

写真と文:佐竹茉莉子

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