新海誠監督と愛猫「すずめ」と「つばめ」

写真・新海誠 文・佐竹茉莉子

迎えて間もない頃のすずめ(右)とつばめ(左)

壮大なスケールとみずみずしい感性に世界が注目する新作アニメーション『すずめの戸締まり』が公開されたばかりの新海誠監督は、数々の作品に猫を登場させてきた大の猫好き。新作では、とりわけ強烈な印象を与える、謎の白猫「ダイジン」が大活躍。そのキャラづくりのヒミツとは……。

※本稿は「猫びより」1月号掲載記事を再編集したものです。

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

猫と一緒の少年時代

新海さんの猫愛の土台となるのは、少年期の猫の思い出だ。長野県の小海町というのどかな田舎町に生まれ育ち、いつもそばに犬や猫がいたという。

「忘れがたいのは、ミータという三毛猫。子どもの頃、学校からの帰り道の途中で犬みたいに待っていて、いつも一緒に帰りました。ぼくが子どもなりに悩んでいても、超然と窓の外を眺めている。そのくせ、何もかもお見通しみたいな。そんな猫の姿に大事なことを教わりながら、子ども時代を過ごしていました」

ミータはずいぶんと長生きをして、新海さんが上京後に亡くなった。何も言わずとも、寄り添ってくれるだけで大きな存在だった「猫」は、新海さんがアニメーションを作り出してから、さまざまな毛色や性格で登場するようになる。どの猫も、出会った日から登場人物に寄り添い、哀しみをそっと吸い込むような存在だ。

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

空き地で拾ったサユリ

上京後に初めて暮らしたのは、『雲のむこう、約束の場所』の制作中だった2004年に西新宿で出会った、キジトラのメス猫だ。

「当時の西新宿にはまだ空き地が残っていて、母猫と子猫たちの姿を見かけていました。そのうちの1匹が、母猫とはぐれたのか、ガリガリになって道ばたで今にも死にそうになっていたのを放っておけず、連れ帰りました」

当時はまだスタジオがなく自宅マンションでアニメを作っていた頃。スタッフたちと共に育てた。制作中の映画のヒロインから名をとって「サユリ」と名付けた猫は、仕事中も膝に乗ってくるべったり猫となったが、2008年に語学留学などで海外に行くため、泣く泣く小海町の実家に預けた。

「人間の誰と別れるよりも悲しかったですね。留学先の英国でつらいことがあったときも、思い出すのはサユリでした。早く帰って抱きしめたいと夢見ていたけれど、1年後再会したサユリは、すっかり父の猫になっていました(笑)。でも、寂しい思いをさせていなかったことはよかったと思いましたね」

サユリは一昨年、小海町で16年の猫生を、お父さんの愛猫として穏やかに終えた。

保護当時、こんなに小さかったサユリ

保護猫姉妹を迎える

結婚後もずっと猫を飼いたいと思い続けていたが、猫を迎えてから引っ越すのは猫がかわいそうと考えていたという。

「引っ越しを機に譲渡先募集のWEBサイトで見つけたのが、豆腐屋さんの裏で生まれたというノラの子4きょうだいのうちの、姉妹2匹でした。娘は動物と暮らした経験がなかったので、大喜び。もちろん、ぼくも妻もうれしかった」

2020年から制作を始めていた『すずめの戸締まり』のヒロインとその母親から名をもらい、キジ白姉妹は「すずめ」「つばめ」となった。キジ毛多めのすずめは新海さんに、白毛多めのつばめは娘さんになついた。

「新作の制作中はずっと、空気の薄い高山に登っているような感じなので、猫がいてくれてほんとうによかった。コロナ禍で単独作業も多く、邪魔しに来る猫だけが癒しでした」

すずめは、作業中の新海さんの背後で、かまってほしくて鳴く。その声がだんだん大きくなる。「じゃあ、遊ぼうか」と、いい気分転換ができた。

顔や手足がスズメ色なのが「すずめ」

ハチワレっぽく、顔も手足も白いのが「つばめ」

猫たちが制作を手助け

猫がいてよかったのは、癒し効果だけではなかった。映画制作にも大協力してくれたのである。

『すずめの戸締まり』には、「ダイジン」という名の、利発そうな大きな瞳としなやかな肢体を持つ白い子猫が、とても重要な役どころで登場する。ゴロンと転がったり、椅子に飛び乗ったり、猫がよくするしぐさをいざ描こうとしても難しい。すずめたち姉妹は、とてもよきモデルとなってくれた。

「たとえば、ヒロインのすずめが、自分勝手なダイジンに腹を立て、思わず高く持ち上げてしまうシーンがあるんです。あのシーンは、実際に妻にすずめを持ち上げてもらいました。床に下ろされて、体をプルプルっと震わせた後に見上げる目つきなどの描写にも、すごく役立ってくれました。『すずめの戸締まり』は、すずめたちばかりでなく、これまでに暮らした猫たちに助けられて作った映画なんです」

仕事の邪魔をしにきた、幼い頃の姉妹。うれしいやら困るやら

「ダイジン」は自然そのもの

新海さんの愛猫たちのいのちが投影されている、「ダイジン」という猫。これがまた、猫好きの心をわしづかみにする猫なのだ。

まず、主人公と、瘦せすぎのダイジンが出会うシーンからして、ふたりの会話に胸がキュッとなる。

「ねぇ、うちの子になる?」
「うん」「すずめ やさしい すき」

だが、ダイジンは、自由奔放、勝手きまま。

人間たちの思惑には、どこ吹く風である。そんなダイジンが、ふと見せる一途さや殊勝さ。そして、大切なものを守るときの、気高いほどの闘志と強靭さ。そう、ダイジンは猫のすべての魅力を小さな体に凝縮し、異世界へも自由に行き来できるような不思議猫なのである。

「ダイジンは、この映画では『自然』そのものとして描きました」と、新海さんは微笑む。

「すずめは、椅子に姿を変えられてしまった青年と旅をするわけですが、彼は椅子という『窮屈な場所』に閉じ込められてしまう。一方で、ダイジンはときに冷酷でときに美しく、人間にコントロールできない自然そのもののよう。そんなイメージに、猫はぴったりでした」

猫好きに向けての、本作の見どころを伺うと……。

「やはり、寂しがりの小さな存在から力強く闘う姿までを一身で表現するダイジンを見てほしい(笑)。ほかにも、御茶ノ水駅前で行きかう車の間を縫って椅子とダイジンが走り回るシーンは、手描きアニメーションと3DCGとの複雑なミックスで技術的にかなり挑戦をしていて、音響も含めて見どころとなっています」

また、スマホ画面や絵日記などにちらっと出てくる「猫あるある」の姿や、ジブリ映画を連想させるようなダイジンが電車に乗っているシーンなど、猫ギャグっぽい要素もたくさん散りばめられている。

©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

猫はいてくれるだけでいい

『すずめの戸締まり』は、東日本大震災を描いた作品でもある。

「東京のスタジオにいたぼくは、直接の被災者ではなかった。けれども、あの出来事は、ぼくたちの世界観を塗り替えてしまいました。
『行ってらっしゃい』『行ってきます』を繰り返す日常が、ある日突然消え失せることがあるという無常感が心の奥深くに刻み込まれました。だからこそ、場所がなくなる、場所を悼むという感覚は、『君の名は。』や『天気の子』、そして『すずめの戸締まり』で形を変えてずっと映画にしてきた気がします」

場所への追悼は、そこに暮らしていた人や動物、風景を悼み愛しむことでもある。ずっと前にもらっていたものも含め、すぐそばにある大事なものに、新海作品は気づかせてくれる。猫と暮らす人は、共に生きる今の幸せを改めてかみしめるに違いない。

「猫と暮らしていると、うれしそうだったりつらそうだったり、猫にも日々の感情があることがわかりますよね。世界を豊かにするものは、そういった生き物たちの喜怒哀楽だと思うんです。うちの家族も、3人に猫が2匹加わったことで、日々抱く感情がそれぞれ倍々になり、みんなの幸せ度も増していると思います」

そして、柔和な目が一層柔和になり、こんな言葉が新海さんの口から洩れた。

「そう、猫は家族ですね。猫たちにはこれからもたくさんの感情を抱かせてもらって、世界を豊かにしていってほしいですね」

さて、ダイジンは、あっと驚く秘密を持っているのだが、それは映画を見ての最後のお楽しみということで。

すずめたちの好奇心に満ちた金色の瞳は、ダイジンそっくり

ごろりん。すぐそばにある、日常の幸せな風景

 

すずめの戸締まり
原作・脚本・監督:新海誠
声の出演:原菜乃華 松村北斗 深津絵里
染谷将太 伊藤沙莉 花瀬琴音 花澤香菜
神木隆之介 松本白鸚
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:土屋堅一
美術監督:丹治匠
音楽:RADWIMPS 陣内一真
全国東宝系にて公開中
Twitter:@suzume_tojimari
Instagram:suzumenotojimari_official
TikTok:suzumenotojimariofficial
HP:https://suzume-tojimari-movie.jp

新海 誠
1973年生まれ、長野県出身。中央大学文学部を卒業後、ゲームソフト会社での勤務の傍ら、1999年に自主制作の短編アニメーション『彼女と彼女の猫』を発表。2002年に『ほしのこえ』で商業デビューを果たし、その後、初の劇場長編作品『雲のむこう、約束の場所』を経て、『秒速5センチメートル』『星を追う子ども』『言の葉の庭』などを制作する。そして2016年公開の『君の名は。』は記録的な大ヒットとなり、興行収入250億円と邦画歴代3 位を記録。国内外で数々の映画賞を受賞した。2019年公開の『天気の子』は、観客動員数1,000万人を超える大ヒットを記録した。
Twitter:@shinkaimakoto
Facebook:shinkaiworks
新海誠作品ポータルサイト:https://www.shinkaiworks.com/

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