「新宿東口の猫」のモデル猫が判明!

文・佐竹茉莉子 Photo by Terada Sumi

警視庁との年末コラボでは、詐欺防止キャンペーンにひと役

2021年7月、新宿駅東口を出てすぐのクロス新宿ビル3階に突如住み着いた巨大な3Dの三毛猫は、たちまち全世界の有名猫に。その猫が誕生するまでのとっておきのヒミツを初公開!

訪ねてきた男性

今年9月のある夕べ。私が参加するグループ展の搬出日に、一人の男性が訪ねてきた。不在中に買っていただいていた、私のクレヨン画を受け取りに再訪してくださったのだった。その絵は「オレたち」と題した不敵な路地猫2匹の絵だった。

猫話を少し交わした後、「山本信一と言います」と名乗って彼は言った。「新宿東口の3Dの猫を知っていらっしゃいますか?」。

その猫なら、知らない人はまずいない。勝手に猫語でしゃべりかけたりゴロリンしたり、不敵さと愛嬌を合わせ持ち、昨年7月の初登場以来、会いに行く人が絶えない新宿の新名物だから。

「僕は映像の仕事をしていて、あの猫を制作しました。あの猫のモデルは、SNSで見た佐竹さんちの猫なんです。そのことを直接伝えたいとずっと思っていました」

驚いたのなんの。ニュースで初めて目にしたとき、「可愛いだけの猫ではなくて、ずいぶんと強烈な猫だこと」と、心で快哉を叫んだ猫は、言われてみればナツコの面差しそのものだった。

イメージを探し続けて

19歳とは思えぬ目ヂカラ。飼い主に似て夜更かし好きだった(写真・佐竹茉莉子)

「新宿東口の猫」の住むクロス新宿ビジョンは、新宿駅東口を出てすぐの交差点前の広場の正面にある。時間をおかず何度も登場するから、信号待ちの人々は、みな口元を緩めてビルを見上げ、スマホで撮影する人も多い。

ビルの1階にある「新宿東口の猫のカフェ」で改めて山本さんに、ナツコが東口の猫誕生に関わったお話を伺った。

「街頭ビジョンのプロジェクトは、東口地区の活性化を目的とするためのクロス新宿ビルからのオーダーで、6案出しました。岩に打ちつける雨などのアート系に加えて、手描きの猫も滑り込ませたんです」

いわば「おまけ案」だった猫案が採用された。さまざまな猫での作画が何ヶ月も繰り返される。だが、どの猫もどの猫も山本さんにはピンとこない。そこに住んでいるという存在感がもっとほしかった。

「こんな猫」というニュアンスはCGデザイナーには伝わりにくく、「では、理想の猫はこれだと、提示してください」と返されていた。

「猫好きの僕は、以前からいろいろな猫の写真をSNSで見まくっていたんですが、ある日流れてきたのが、一枚の三毛猫の写真。キャプションには『ほくそ笑む猫』とありました。すぐに『存在感的に、この猫で!』とCGデザイナーに伝え、東口の猫が生まれたんです」

パソコンわきにドサッと体を投げ出してほくそ笑むナツコの写真は、「いつまでだらだら仕事してんのさ」と邪魔をしに来た夜の思い出の写真である。

ナツコの写真を見ながら、あれこれ猫話 がはずむ

あまたの猫写真の中から、ナツコを「これだ!」と決めた理由が「猫の一番の魅力だと僕が感じている、『根拠のない自信』に満ちた強気の猫だったから」と聞き、大いに納得がいったものだ。

ナツコは釣り堀で小魚をかっさらって生きていたノラ母さんから生まれた子である。5年前の7月に23歳で亡くなったが、6月まで庭先に出歩いていた。わが道を行く気性の激しい猫だったが、情の深い猫で、何度ありがた迷惑なプレゼントを庭から持ち帰っては「どうよ」としたり顔をしたことだろう。

東口の猫が見つめるもの

パソコンの上に足をのっけて 大あくびする、まさに根拠なく強気な猫ナツコ。山本さんはナツコの三毛柄よりも、存在感や雰囲気のモデルにしたそう(写真・佐竹茉莉子)

東口の猫は、珍しい三毛のオスの設定。あくび姿もよく似てる!

東口の猫は、海外でも「日本ではビルに巨大な猫が住んでいる」と紹介されるほど注目を集め、内外で数々の賞を受けた。文化庁メディア芸術祭では「ソーシャル・インパクト賞」を受けている。

たしかに、東口の猫は、泰然自若として、意思ある瞳で道行く人々を見下ろしている。それでいて、猫あるあるのすっとぼけたしぐさで、誰をも笑顔にさせる。思い
出すかのようにこっちをじっと見つめるなど、リアルな「会えたね」感を私たちと共有する。

不穏な社会状況で閉塞状況にある人々に、「何でもない日常に、くすっと笑える光景があることのしあわせ」を再認識させてくれるのだ。

「ビル3階に住み続ける設定なので、長く愛され続けるために、作りたいシーンはたくさんあります。タンスをガサゴソ漁るシーンも作りたいなあ(笑)。東口の猫を手掛けたことで、僕たちスタッフも猫を取り巻く環境に改めて思いをはせるようになりました。猫の保護活動の広がりにもつながってほしいですね」

音楽を担当した音楽家の大野哲二さんは、夫婦で公園猫のお世話を毎晩続けているという。山本さんも、自宅近くをうろついている猫を家猫として迎えるべく、少しずつ手なずけているところだ。

「東口の猫も、CGのエンターテイメント性は保ちつつ、素の猫の魅力は守り続けたい。ナツコちゃんのように堂々ときりっとして、ビルの上から人々を見下ろし、意味不明な勇気を与え続けられるといいなと思っています」

恐るべし、猫のチカラ。国籍も年齢も問わず人々を笑顔にして、知らない者同士を繋ぐ。空の上からナツコが「どうよ」と強気の微笑で見下ろしている気がする。

 

新宿東口の猫のカフェ
営業時間:13:00~21:00(LO.20:30)
定休日:不定休(イベントスペース使用時と年始は休業)
東京都新宿区新宿3-23-18 クロス新宿ビル 1F
TEL 03-6709-8133(地下1F・喫茶パステトと共通)
Twitter:@giant3dcat_cafe
Instagram:giant3dcat_cafe
Twitter:@cross_s_vision(新宿東口の猫)
YouTube:【公式】クロス新宿ビジョン
HP:https://vision.xspace.tokyo

山本信一
メディアアーティスト・映像作家・キャットゲイザー。
オムニバス・ジャパン クリエイティブ・ディレクター。長岡造形大学デザイン学科教授。企業のモーションロゴや映画のタイトルバックなどを数多く手掛けながら、映像作家として90年代初めからアート作品を国内外で発表。Sony Music C(I 2002)、NHK「おはよう日本」(2012)、NHK「廃炉への道」(2014)、日本科学未来館「9次元から来た男」(2016)など数多くの作品を手掛ける。
https://www.omnibusjp.com/supersymmetry/

佐竹茉莉子
フリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。フェリシモ猫部にて「道ばた猫日記」、sippoにて「猫のいる風景」を連載中。『里山の子、さっちゃん』『寄りそう猫』『猫との約束』(すべて辰巳出版)など著書多数。

-猫びより