巨猫現ル! 鉄道ヲ運休セヨ!! ジオラマ食堂の猫たち

巨猫が列車に接近! 緊急停止せよ!!(ライア)

―速報です。本日、大阪に巨大な猫が出現しました。その数4体。巨猫たちは線路上を悠々と歩き回ったり電車をなぎ倒すなど傍若無人に過ごしたのち、現在は線路上に横たわり休息中です。怪我人はありません。町の人々からは「大きいが可愛い」「もふもふして癒される」「線路が気に入ったなら鉄道は運休にすべきだ」などの声が上がっています。当局は「巨猫たちに悪意は見られず、なにしろ可愛い。破壊された車両は修理すればよい」として静観する方針です。

巨猫が行動を開始! 緊急配備につけ!!(サラ)

巨猫の雄叫びが町に響き渡る(レオ)

 

子猫現ル、救出セヨ!

猫たちが現れると「ねこふぁーすと法」により全線運休となる

ここは大阪市天王寺区寺田町にある、鉄道ジオラマが楽しめる喫茶「ジオラマ食堂 てつどうかん」。ある日突然巨猫に襲われた!―のではなく、1匹の小さな子猫との出会いが、まるでポイント切り替えのごとく人々を思わぬ方向に導いた、その舞台だ。

オーナーの寺岡直樹さんはプロのジオラマ作家でもあり、店内には部品の一つ一つが手作りされたフルスクラッチの鉄道ジオラマが展開されている。お店はジオラマ愛好家を中心に人気を集めていたが、コロナショックで苦しい経営を強いられていた。店じまいもやむなしかと考えていた昨年6月、店舗に隣接する保育園で瀕死の子猫が保護され、保育士さんが寺岡さんに救いを求めて子猫を連れてきた。ちょうど在宅勤務中だった寺岡さんの長女が面倒をみてくれることになり、子猫は九死に一生を得た。

一件落着、と思ったが、事はそれで終わらなかった。翌日、母猫とおぼしき野良猫が店の前にやってきた。「私の子を返せ」とでも言うような目つきだった。それでも育児でやせ細った母猫は、差し出された猫まんまをぺろりと平らげ、以来、3匹の子猫を連れてたびたび店に顔を出すようになった。

このまま猫たちを見守ろうと思っていたある日、猫の保護活動をしている人が訪ねてきた。「親子を保護し、譲渡先を見つけましょう」。そう提案された寺岡さんは、自分でも意外なことを口にした。「うちの店で4匹まとめて引き取ります」。

 

子猫タチ鉄道ヲ占拠ス!

特にレオ君は寺岡さんにべったり

最初に保護できたのは母猫だった。その日のうちに動物病院へ連れていき、避妊手術を受けさせた。その後、3匹の子猫たちも無事保護。店舗の奥にあったスタッフ用の部屋を猫部屋にして、術後の母猫と子猫たちを別のケージに入れて過ごしてもらった。母猫は「サラ」、メスの子猫は「ナラ」と「ライア」、オスの子猫は「レオ」と名づけた。子猫たちは間もなく人にも環境にも慣れ、猫部屋の中で自由に暮らすようになった。

8月のある日、ふとした拍子に子猫たちが店舗のほうに脱走してしまい、あえなく鉄道ジオラマは占拠された。精巧に作りこまれたジオラマが……鉄道ファンが愛めで、ジオラマ愛好家が唸る芸術作品であるジオラマが……その価値もわからぬ子猫たちに蹂躙され、今、目の前で破壊されていく。線路上を駆け回り、鉄橋を飛び越える。山肌で爪を研いだかと思えば、トンネルを掻き回し、列車を横転させる。その暴挙を前に寺岡さんはというと…… 夢中で動画を撮影していた。

トンネルから巨猫が現れた!

逃げろー!!

列車横転! 救護を要請する!!

 

ジオラマヲ改造セヨ

外時代の親子( 写真提供:寺岡直樹)

子猫たちとは逆に、母猫サラは人に激しく威嚇し、抵抗を続けた。寺岡さんは胸を痛めた。

「外の世界に戻してあげたほうが幸せなのではないか……」。そしてある日、祈るような気持ちでケージの扉を開いた。サラは出てこない。

すると、子猫たちが嬉しそうにサラのケージの中に入っていった。4ヶ月ぶりの親子の触れ合い。サラは、慈しむように子猫たちを舐めてやった。やんちゃ盛りの子猫たちは、ケージから出るのを躊らう母の様子などお構いなしに、母の周りを転げまわり、遊びを仕掛けた。子猫たちの相手をしているうちに、サラもいつの間にかケージの外に出ていた。

定位置で休むサラお母さん

子猫たちがジオラマで遊ぶようになってから、寺岡さんはジオラマ職人の高坂真哉さんに相談し、店内のジオラマを再構築し始めていた。「プラスチック製のジオラマは折れやすくケガのもとになる」と、ジオラマをすべて金属製の丈夫なものに付け換えた。工事レベルの大改造だった。

かくして、世界初にして世界一猫にやさしい鉄道ジオラマが完成した。磨き上げられたプロの技が、まさか猫のために活かされようとは思いもよらないことだった。サラも加わり、4匹の巨猫たちのための、世界でただ一つのジオラマ空間が誕生した。

サービス精神旺盛なレオ君がお客さんと遊ぶ

サラお母さんとナラが列車にロックオン

駅舎の人々の阿鼻叫喚が聞こえてくるようだ

 

猫草事件

嫌な予感しかしない

サラは広々としたジオラマが気に入った。山肌は体をすっぽりと埋めて眠るのに最適だったし、縦横無尽に走る車両たちは刺激的だった。幸か不幸かコロナ禍にあって来客が少なかったこともあり、猫たちは自由気ままにジオラマで過ごした。

その中に、田んぼや畑になっているスペースがあった。寺岡さんは閃ひらめいた。「そうだ、ここに猫草を植えよう!」。田んぼと畑を解体して土と砂を撒いた。猫の喜ぶ姿を思い浮かべながら、取り寄せた猫草をさぁ植えようと、ふとそちらに目線をやると……。

砂の上で腰を落として力む、サラの姿があった。

子猫たちもそれに続いた。

「ジオラマに猫草」という、おそらく世界初の試みに胸を弾ませていた寺岡さんは、その光景を目の当たりにして……夢中で動画を撮影していた。

 

巨猫タチ世界ヲ救ウ

今日も今日とて運休です

渾身の猫草構想も打ち砕かれた寺岡さん、その心中やいかに。「じつは猫家族と暮らすようになってから、全然怒らなくなったんですよ。『しゃあないな』という気持ちなんです」

すでに〝赦し〟の境地に至っている寺岡さんだが、猫と暮らすのは今回が初めてのことだという。

「猫とは縁のない人生でした。それが笑っちゃいますよ、今ではね、名刺に『猫おじさん』って書いてるんです」

子猫たちはジオラマの列車とともに育ったので、「列車はお友達」、そして列車をなぎ倒す様はスキンシップの意味で「HUG」と称して面白おかしく動画を編集し、YouTubeなどで配信した。鉄道ファンやジオラマ愛好家から批判の声が寄せられることも覚悟していたが、寄せられたのは「いらなくなった車両をHUGしてください」というメッセージが添えられたたくさんの鉄道模型だった。コメント欄には、コロナで入院中という人から感謝と応援の言葉が届くこともあった。取材が相次ぎ、その映像は世界各国で放送された。

「猫家族に救われた」

そんな実感から、次第に「猫家族が世界を救うかもしれない」―半ば本気でそんな風に思うようになっていった。30年以上ビジネスに携わってきたノウハウを活かし、今後、猫のための事業を立ち上げよう考えている。

ジオラマ作家の高坂さん(左)と猫担当の千田さん。千田さんは自宅でハンデのある子を含む犬4匹、猫10匹と暮らす

東京の保護猫カフェで働いていた千田亜紀子さんをスタッフに迎え、すでに猫たちのお世話全般を任せているが、さらに、動物経絡温灸取扱者ライセンスやペットセルフケア講座講師資格などを持つ猫専門スタッフをあと2名呼び寄せ、猫保護シェルターと猫専用ペットホテルを併設した保養施設の開設を目指す。

「野良猫を保護したら、私たちのほうが救われた。だから今度は厳しい境遇におかれている猫たちを助けたいんです。人生の集大成として、猫たちを通して世界に笑顔と癒しを届けたい。そして誰より猫たちに感謝を届けたい。これは天命ですから」。

ジオラマ食堂のSNSには、日々こんな言葉が並ぶ。「サラお母さんが線路で寝ているので『ねこふぁーすと法』を適用し全線運休にいたします」

今日も4匹の巨猫たちがジオラマ世界を我が物顔で闊歩する。巨猫たちの姿にみんなが笑顔になっている。どこまでもやさしい世界が、ここにある。

 
ジオラマ食堂 てつどうかん
大阪府大阪市天王寺区寺田町2-5-16
TEL 06-6776-2460
https://www.railway-cats.com
Twitter:@Caferest_bar_Fe
YouTube:ジオラマ食堂 てつどうかん
※営業状況はHPとSNSでご確認ください

 
写真・芳澤ルミ子
Text by Kobayashi Yuko

-猫びより