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里山の子、さっちゃん EP:2「さっちゃんがここに来た理由」

さっちゃんたちの面倒を見てくれる麻里子ママは、小さなオートキャンプ場と小さなカフェをひとりで切り盛りしています。

カフェの名は「ダム」。近くにダムがあるからです。

カフェのまわりにはいつも犬や猫がいて、思い思いにくつろいでお客を迎えます。

ピザを焼く窯の上にも、カフェの店内にも、カフェの前に広がる原っぱにも。

さっちゃんがたいていいるのはカフェの中。寒い季節にはストーブのそばでまったりしています。

さっちゃんはよく小さなお客さんに話しかけられています。

この日は、しゃっくりが止まらず「大丈夫?」と心配してもらいました。

さっちゃんはここで生まれたのではありません。

麻里子ママがよそからもらってきたのではありません。

お客さんの一人が持ち込んできた子です。

10年前のことです。

一匹の子猫が町なかに捨てられていました。

歩き回れるくらいの月齢なのに、地面をはいずっています。

通りかかった女の人が抱き上げると、子猫は4本の脚をピーンと突っぱりました。

マヒのために体が動かせないようです。

女の人は猫好きでした。でも、家にはこれまでに保護した猫が何匹もいて、もう手いっぱいです。このままでは、車にはねられるかカラスの餌食になるか、たちまちいのちが尽きることは、目に見えていました。

でも、保護したとしても、育てることも里親を探すことも、とうてい無理と思われました。

女の人は意を決して、獣医さんのところへ子猫を連れていきました。

「安楽死をおねがいします」

それが子猫にとって一番いい方法だと思ったからです。この子を生かしてどうなるのだろうか……。

若い獣医さんは、きっぱりと言いました。

「いやです」

懸命に生きようとしている小さないのちを前に、「安楽死」という名の「殺処分」は、その獣医さんにはできなかったのでした。

女の人は途方に暮れました。

そして頭に浮かんだのが、ときどき立ち寄るカフェ「ダム」の光景でした。

あそこなら、ワケアリだった犬も猫も幸せそうに暮らしている。この子を里山の猫仲間に入れてくれるかもしれない、と。

写真提供=下間真理子(携帯にて撮影)

不安で手足を突っ張っている子猫を見て、麻里子さんはさらりと言いました。

「いいわよ、置いていて」

実際は「これ以上、犬や猫が増えるのはもう勘弁」という気持ちだったのですが、「私がNOと言ったら、この子はどうなってしまうのだろう」と思ったからでした。

一目見て「かわいい」と情が移ってしまったせいもあります。

「だけど、私は朝から晩まで仕事がいっぱいだから、付きっ切りで育てることなんてできない。ハッピーや猫たちに手伝ってもらうことにするわ」

麻里子さんが両手で抱き上げると、その子は緊張して、前足でひたすら宙をかきむしりました。まるで、こう言っているみたいに。

「お願い。ボクに怖い思いはもうさせないで」

麻里子さんは子猫にそっとほおずりしてささやきました。

「しあわせになろうね。だから、お前の名はサチ。今日から、サチはここの子よ」

麻里子さん夫婦にかわいがられ、犬のハッピー母さんにも文字通り舐めるように愛されて、さっちゃんは大きくなりました。

やってくるお客さんもかわいがってくれました。

さっちゃんを迎えたのは、十数匹の里山猫軍団。年長猫は年下猫をかわいがり、年下猫は年長猫を敬うという「自治社会」でした。

自分のことは自分でやるという、動物本来の自治社会でもあります。でも、自分より小さなものや弱いものに、よけいなイジメなど一切ありません。

奇跡のようなことが起きました。まるで動けなかったさっちゃんが、立ち上がり、歩き、転がるように走ることさえできるようになったのです。

さっちゃん自身が、毎日毎日、リハビリを頑張ったからでした。

さっちゃんは、みんなに交じって里山の子の一員として暮らすために、まず、壁に体を押し付けて立ち上がる練習を懸命にしました。

立ち上がれるようになると、一歩、また一歩、足を踏み出す練習を。パタン!と倒れたら、ハッピー母さんがかけつけて顔を舐めて励ましてくれました。

麻里子ママは、一日中クルクル働きながら、事故のないよう、さっちゃんがどこにいるか、いつも気にしています。

猫小屋かカフェの中なら安心なのですが、ワンパクさっちゃんはときたまぶらりと外に出てしまいます。

「カフェにいてね」と麻里子ママに連れ戻されることも。

ことんことん体を揺らしながら、階段も上手に下ります。

トイレにも自分で入って横たわって、気張ります。後の砂かけはできないけれど。

麻里子ママの手のすいた午後に、散歩に連れて行ってもらうのがさっちゃんは大好き。草の上では、転んでも痛くないし。

自分の足で大地に立つさっちゃん。なんていきいきとした表情なのでしょう。

さっちゃんは今、すっかり里山の子です。

誰よりも生きていることを楽しんでいます。

 

 

里山の子、さっちゃん
佐竹茉莉子・著

定価:1320円(税込)
単行本(ソフトカバー)
amazonで購入

写真と文:佐竹茉莉子

※犬猫たちの顔ぶれは、本書発行の2017年当時のものです。カフェは現在休業中。

 

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