湖東三山 龍應山 西明寺
小森正孝(写真・文)
琵琶湖東岸の山間、平安時代初期に仁明天皇の勅願によって創建された西明寺(さいみょうじ)には、猫にまつわる言い伝えがある。
江戸時代前期の延宝年間、公海大僧正は京都から彦根藩に向かう途中で寺の門前を通りかかった時、門の陰に物言いたげな2匹の黒猫を見つけた。後を追うと織田信長による焼き討ち以来すっかり荒れ果てた本堂の前にたどり着いた。驚いた大僧正の尽力により寺は復興されたという。
その後、お勤め中にうたた寝をしていた不真面目な僧侶が、2匹の黒猫に叱られる夢から目覚めると手に引っ掻き傷があったのに驚き改心したという逸話も残る。
だから西明寺では黒猫が御仏のお使いとされ、歴代住職は猫を大切にしてきた。
そして3年前のある日、現住職の中野英勝さんは、江戸時代の伝説さながら突然寺に現れた生後間もない黒猫の姉妹を迎えた。それが玄(くろ)と空(くう)の姉妹である。
「この秋、信徒さんから阿吽の猫の置き物を寄進いただきました。阿は玄、吽は空に似ているのですよ」と愛しげに笑う英勝さん。名前の由来を聞けば、「照于一隅、何事も突き詰める『玄人』から玄、何者にも囚われない自由な心から空と名付けました」とのこと。猫の名にも仏の教えが生きている。
庭園と猫で撮影をしようと2匹を探したが、黒猫なのでなかなか見つからない。住職夫妻が名前を呼んで散歩に出かけると、どこからともなく現れて仲良く後を追いかけていった。美しい庭に姉妹が遊ぶ光景は昔話の桃源郷のようにきれいで、どこか浮世離れしていた。
庭園を抜けて本堂へ行って受付に戻ってくると、玄と空は木陰でうたた寝をはじめた。それぞれお気に入りの場所があるようだ。そして目を覚ますとまた一緒に遊びはじめる。本当に仲良しな姉妹だ。
夕方になって閉門するころには、また2匹は姿を隠す。きっとまだ遊び足りないのだろう。1200年に届こうという歴史があって、昔の人たちの教えを今に伝える寺院と、そこで出会った猫たちに、物事を受け継ぎ、つづけていくことの尊さを思った。
湖東三山 龍應山 西明寺
滋賀県犬上郡甲良町池寺26
TEL 0749-38-4008
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Komori Masataka
1976年生まれ、愛知県一宮市出身。大阪芸術大学写真学科卒業。同大学副手として研究室勤務。現在フリーカメラマンとして猫撮影を中心に活動。『2024年 招福! お猫様カレンダー』(アートプリントジャパン)好評発売中。
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