赤ひげ先生インタビュー 山下智之「目指しているのは専門医療、高度医療が提供できる1.5次診療」

取材・文 西宮三代 写真 平山法行

コタツのある休憩室は、スタッフと「はなび」の憩いの場所

看板猫で癒し係の「はなび」は、只今出勤中!

「上大岡キルシェ動物医療センター」(神奈川県横浜市)は、京浜急行線、横浜市営地下鉄「弘明寺駅」「上大岡駅」から徒歩8 ~12分の住宅地にある。

猫の他に犬、フェレット、ウサギ、モルモット、チンチラ、ハムスター、デグー、モモンガ、ハリネズミ、リス、その他の小型哺乳類、カメ、トカゲなどの爬虫類、カエル、イモリ、ウーパールーパーなどの両生類、小型鳥など、診療対象が多いことで知られ、遠方から来る人も多い。

猫エリアの上の部屋で「はなび」がお出迎え

旧鎌倉街道沿いにある2階建ての病院には広い駐車場があり、玄関入って正面が待合室。受付の右手が猫専用エリアで、猫の診察室は2つ。右斜め上を見上げたところの小部屋には「はなび出勤中」と書かれた札が見え、ガラスの扉越しに来院者を迎えているのが看板猫の「はなび」(1歳メス)だ。

元保護猫「はなび」と山下智之先生

「かかりつけの方が子猫を4匹保護されて、病院で引き取ったのが『はなび』。スタッフ全員がはなびの可愛さに悩殺されていて、当院のInstagramなどSNSは、はなびがたびたび登場します(笑)。はなびをモデルにして爪切りや歯みがきのやり方などの動画をアップしていますので、SNSをご覧になられた方は『あの猫だ』とわかるかもしれません」と、院長の山下智之先生。

はなびの仕事は、待合室で待っている来院者を癒すことと、休憩時間に2階のスタッフルームに移動して、「はなび~」と呼ばれて抱っこされたり、ナデナデされたり、じゃれたりしながらスタッフの相手をすることだ。

「私も実は大の猫派。猫の後ろ姿のシルエットが大好きで3、4匹の猫が陽だまりで並んで座っている後ろ姿を見るだけで、ほのぼの幸せな気持ちになりますね」

地元「上大岡」で開業するのが夢だった

「子どもの頃から、哺乳類、両生類、爬虫類、昆虫、魚などの生き物に興味があり、父も生物系の研究職。中学生の頃にはすでに獣医師になることを意識し、迷わず獣医学部に進みました」。そんな山下先生が在学中に抱いた夢が「将来は生まれ
育った上大岡に開業し、地元の動物医療の発展に寄与すること」。

2016年2月22日(猫の日)に長年の夢を叶え地元に開院し、5年後の2021年12月に新病院に移転。ちょうど1年を迎えたところだ。「横浜、上大岡が大好き」という山下先生の地元愛は病院名にもあふれている。

「前々から病院名に『上大岡』は絶対に入れると決めていました。『キルシェ』というのはドイツ語で『桜』の意味。桜は横浜市南区の花で、弘明寺の近くを流れる大岡川や大岡公園も桜の名所。地元の花、『桜』にちなんで病院名に入れました」

そんな話をうかがいながら院内を案内してもらうと、診察室奥の広い処置室では多くのスタッフが忙しく働き、左手奥の手術室では犬の避妊手術の真っ最中。つい今しがたまで、もう一つの手術室で犬の精巣腫瘍の手術が行われていた。

専門医による手術のない日はほとんどない

CT(コンピューター断層撮影)装置といった高度医療機器も完備され、雰囲気的には、さながら「動物病院版ER(緊急外来)」「2次診療の動物病院(大学附属の動物病院などの高度医療を担う施設。基本的に動物病院からの紹介状が必要)」
なのだが、「あくまでも地域の動物病院としての一般診療がベースで他院からの紹介も受け入れています。目指しているのは専門医療、高度医療が提供できる『1.5次診療』という立ち位置です」

専門医療という点でいうと、呼吸器を専門とする山下先生の他、副院長の石川洵先生をはじめとした獣医師がそれぞれ消化器、整形、腫瘍、眼科など専門分野を持ち「診られない症例がない」ことを目指している。特に呼吸器に詳しい獣医師は少ないため、近隣や遠方の動物病院からの紹介や、ネットで調べて来院する飼い主さんも少なくない。

動物を「苦しさ」から解放してあげられる医療を

「診察は苦手だニャ」(はなび)

猫の呼吸器疾患には、猫喘息(好中球性気管支疾患、好酸球性気管支肺炎)、肺がん、鼻腔内腫瘍、誤嚥性肺炎など様々なものがあり、代表的なのが「猫喘息」。

症状は、突然起こる咳やえずき、ゼーゼーと苦しそうな呼吸などの喘息発作で、軽症のうちは短時間で終わるので見過ごされやすく、放置すると重症化し、激しい呼吸の影響で肋骨が変形したり、口を開けたままハァハァと呼吸する「開口呼吸」になったりすることもある。

原因はホコリ、ダニ、線香やタバコの煙、花粉、芳香剤の粒子などの刺激物、ウイルスや細菌感染、誤嚥、アレルギー関連など様々。これらの影響で気管支に慢性的な炎症が起こり、発作的に気管支の収縮やむくみが生じて気道が狭くなり、喘息
発作を起こす。

「猫喘息だけでなく多くの呼吸器疾患の症状に呼吸苦があり、見ている飼い主さんのつらさも相当なもの。私の実家で飼っている4匹の猫のうちの1匹が猫喘息で苦しんでいたこともあり、動物と飼い主さんのつらさをなんとかしたいという思いで、大学卒業後、呼吸器専門医のもとで研修しました。

猫喘息は、初期に治療を始めれば抗生剤や気管支拡張剤、去痰剤などで良好に症状がコントロールできます。そのために大切なのが、まずは咳の原因が呼吸器系によるものなのか心臓などの循環器系によるものなのかの鑑別診断です。

猫喘息は炎症のタイプによって治療法が異なりますので、原因を探るために麻酔下で口から内視鏡を入れる『気管支鏡検査』を行うこともあります。しかし臨床現場では、様々な理由でそこまで検査できないことも多く、レントゲン検査や咳の特徴から原因を絞り込み、原因に合った治療を進めます」

また、最近増えてきたのがエキゾチックショートヘアなど短頭種の気道症候群。これは品種改良によって鼻が潰れ、気道( 鼻、喉、気管など)が異常に狭いため、いびきや呼吸苦などが見られる疾患。この場合、鼻の穴を広げる手術(鼻腔拡大
術)で呼吸が楽になる。

「〝動物が『苦しい』『助けて』と言っているときに楽にしてあげられる〟常にそんな医療を心がけています。そういう意味でも、動物がつらいときにすぐに診てあげられる診療体制は不可欠で、開院以来、年中無休、毎日23 時までの夜間診療を行っています。この先は、できれば5年以内に24 時間診療にし、いつでも苦しむ動物を助けられることを目指しています」

上大岡キルシェ動物医療センター
神奈川県横浜市南区大岡3-8-24
TEL 045-714-5006
診療時間:9:00~12:00、16:00~19:30、19:30~23:00(夜間救急)
※年中無休 ※順番予約制。詳しくはHPで
https://kirsche-vet.jp
Instagram:kirsche.0222

山下智之
麻布大学獣医学部卒業。横浜、茅ケ崎、相模原市などの動物病院に勤務。日本小動物医療センター附属日本小動物がんセンター、エキゾチックペットクリニック、アトム動物病院 動物呼吸器病センター、犬・猫の呼吸器科(旧相模が丘動物病院)など、多くの専門病院の研修を経て、2016年開業。2021年12月、新病院に移転。

-猫びより