命を繋ぎ、送り出す。涙と笑いのミルクボランティアの日々

どの子もみんな幸せになぁれ

家族キャンプで捨て猫に出会ったことがきっかけで、今のミルクボランティア活動を始めた西村いづみさん。どれほど多忙でも、どれほど試練があっても、笑顔で続けられるのは、送り出した子猫たちのしあわせな「今」があるからです。

文・佐竹茉莉子 写真・大脇幸一郎

巣立ちの喜び

抱くと1秒でゴロゴロいう石井君は、沖縄から来た優しい子

東京大学や駒場公園にほど近い閑静な住宅地にあるいづみさんの家の2階には明るい「子猫部屋」がある。やってきたときは痩せっぽちで怯えていた子猫たちが、愛されてフワフワの健康体になり、終生の家を見つけて、ここから巣立っていく。

「去年は53匹、今年はペースが早くて、すでに50匹くらい送り出しました。多い時は24匹いましたが、今いる子猫は12匹。この『石井くん』は明日お届け。すぐに鹿児島から5匹がやってきます」

スモーキーな黒猫「石井君」は、沖縄で保護されて預かった「米米チーム」の最後の1匹である。

「しあわせになるんだよ」といづみさんは抱きしめた。

「さびしくはないですか?」と尋ねると、いづみさんはさっぱりと笑顔で答える。「それより、喜びですね。ああ、この子もしあわせに手渡すことができたという」

そばで、長男くんと次男くんが、チャチャを入れた。

「最初の子を送り出したときは、玄関で号泣してたけどね。僕たちも最初は寂しかったけど、今は慣れました。次から次にやってくるから(笑)」

西村家では、高校生と中学生の息子ふたりも、母を支えてしっかりミルクボランティアをしているのだ。

 

子猫との出会い

いづみさんと猫との出会いは、5年前の秋の連休中。一家で出かけたキャンプ場に、段ボール入りの子猫が捨てられていたのだ。連休が明けたら保健所送りと聞き、「今日は私の誕生日だから、この子をプレゼントして」と猫嫌いの夫を説得。だが、その子猫は、衰弱していたこともあって、連れ帰った10日目に急変して亡くなった。

「どうしたら救えたのか。自分の無知も悲しかった。捨て猫や野良猫、保護猫のことを調べまくり、殺処分の実態も知ったんです。半年後に、埼玉で保護されていた雄猫のナギを迎えました」

当時よく読んでいた都内で保護活動を続けているご夫婦のブログに、ある日、こんな記事が載った。「ミルクボランティアの墨田由梨さんがたくさんの子猫を抱えています。手助けをしてあげてください」。

 

自分にできることを

生後数週間の子猫は、お尻をティッシュでトントンして、排尿を促す

キッチンスケールにタッパーで、毎授乳前と後に体重を測って記録

いづみさんは、すぐに墨田さんに「やります」と連絡を取った。「今考えたら、ものすごく無謀。でも、そのときは、自分にできることを何かしたいという思いでいっぱいだったんです」 墨田さんからの返事は「今は大丈夫ですよ」だった。

その後もメールのやり取りが続き、ある日、「茨城の愛護センターから引き出した4匹をお願いできませんか」と連絡が入る。猫嫌いの夫は「猫部屋でやるなら」と、目をつぶってくれた。

墨田さんは、子育て用具一式と、100グラム足らずの4匹を持ってきて、懇切丁寧にミルクボランティアのすべきことを目の前で一緒にやって教えてくれた。低体温にならない温め方、ティッシュで刺激して排泄を促すやり方、ミルクの飲ませ方、体重の測り方、子猫の体調変化に「様子見」は厳禁なことなど。

「ちゃんと育つか、もう心配で心配で。手取り足取りの墨田さんの伝授と、近くに親身に相談に乗ってくださる獣医さんもいて、無我夢中で育てました。『このまま全部うちの子にしちゃおうかしら』と一瞬思いましたね(笑)」

子猫保護のピークは春。ピーク以外の季節には、成猫も預かるようになり、送り出すことが無上の喜びになっていく。送り出さず2匹目の飼い猫とした子猫は、ただ1匹。入院後の看病で、次男くんがすっかり情の移ったモフだけだ。

 

譲渡会も開催

ちょっと遊んでやるつもりが、あっという間に時間がたつ「竜宮城」の子猫部屋

息子の受験で、長年の趣味であるキャンプを封印した時期に、いづみさんはミルクボランティアを始めたのだが、同じ頃に自宅での仕事を始めていた。それは、「こまばサロン暖炉」という、自宅サロンの貸し出しだ。

義母の居住空間だったスペースを借りての営業である。ここの利益がボランティア活動の基盤となっている。

サロンでの、個人で猫の保護に関わる人たちの集まりから、いづみさんは知る。保護している人たちはみな手いっぱいのこと。譲渡会が開かれなければ、譲渡は進まないこと。譲渡会の会場費は高額なこと。

「そこでひらめいたんです。ここを、保護猫の個人ボラさんたちが無料で参加できる譲渡会場として開放しよう、と」

2018年11月を第1回とする「本気の譲渡会」は、月2回をペースに続いている。奄美から引き出されてはるばるやってきた「ノネコ」と呼ばれる子たちも、多頭飼育崩壊現場からやってきた子たちも、次々といいご縁につなげてきた。

「奄美のマルキとゴウは甘えん坊だったから、送り出すときは寂しかったね」と、長男くんも次男くんも口をそろえる。

どんな子も、命を迫害されることのないように。ちゃんと名前で呼ばれ、愛されて生涯を送れるように。それが、ここに集う人たちみんなの思いだ。

 

タフだから、やってこられた

ひかりちゃんの授乳タイム。保護時は膿で目がつぶれていたが、すくすく成長中

保護猫と関わる日々は、つらいこと、切ないこと、憤ることも日々続く。去年、ブリーダーの多頭飼育崩壊現場からやってきたペルシャ猫たちは、目がぐしゃぐしゃで、まさに地獄からやってきたような酷い状態だった。視力は戻らなかったが、ここで愛されることを知った子たちは、みなあたたかな家庭へと巣立っていった。

子猫ラッシュの時は、ミルクボランティア同士で融通し合っても、みないっぱいいっぱいになる。容体が悪いと、猫部屋で夜を明かすこともたびたび。それでも、いづみさんは微笑んで言う。

「私、睡眠が少なくても大丈夫なタイプなんです。タフだから、やってこられたのかな。それに、ものすごく優秀なスタッフが家にふたりも常駐してますから」

長男くんと次男くんは、今や、子猫育てのノウハウはすべて身につけた強力なミルクボランティア仲間。夫は子猫の送迎も手伝ってくれる。師匠の墨田さんとは住んでいる町も近く、いつも相談に乗ってもらう。いづみさんのSNS発信に刺激を受けてミルクボランティアを始める人も出始めた。まっすぐな思いはタンポポの綿毛のように飛んでいき、各地で種を蒔く。

 

ボランティアを始めるには

沖縄から来たスペースくんはやんちゃ盛り

ミルクボランティアをしてみたいけど、どうしたらいいのだろう。そう思っている方へのアドバイスを、いづみさんに聞いた。

「ミルクボランティアを始める人が増えれば、それだけ救われる命も増えます。『ミルクボランティア講習会』も各地で開かれていますから、受講して基礎知識を得ていただくのがおすすめ。いきなり預かりボラは無理でも、譲渡会の準備やチラシ配り、後片付け、運搬など、自分にできる形のお手伝いから始めてくださったら、大助かりです」

ネットで探せば、講習会情報も、ボランティアを募集している自治体や保護団体の情報もたくさんある。ボランティアをするには費用負担の覚悟も必要だが、医療費の一部は譲渡先が負担したり、ミルクやフードを支給する自治体や保護団体もある。まずは、最初の一歩を自分の住む地域で始めてみてはどうだろう。

この活動を通して、いづみさんが得たことは数えきれない。

子猫たちが体じゅうで懸命に生きる姿。その小さな命をつなぐために、各地で心を砕いている人たちの輪。応援してくれるご町内のつながり。改めて感じる家族の絆。猫を迎える人たちとの新しいつながり。猫たちの巣立ちの姿。どれも、自分を成長させてくれていると、しみじみ感じている。

こまばサロン暖炉
https://www.danrokomaba.com

弱々しいようで意志のある眼差し

ひかりちゃんを囲んで墨田さんと

長男くんの頭を毛づくろってあげてるつもりの、沖縄から来たほたるくん

キンキン(右)とデコっちは千葉から来た白黒兄妹

 

-猫びより
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