寄りそう猫「母さんは、犬」

種は違っても、誰にも負けない仲良し母娘の、ひめ子とひな子。ふたりが母娘となったきっかけは、ある朝のことだった。

国産天然木の香りが満ち満ちた、広い工房の中で、きょうも、ひな子は、探検に余念がない。

「あれ、ひな子はどこにいった?」と、栄一父さんに問われれば、ひめ子は、すぐさまひな子の元へと誘いざなう。

いつだって、大事な娘の姿は目で追っているから、居場所はちゃんとわかっている。

危ないことをしそうなときは、「ウ〜〜」と唸って、しっかりしつけをして育ててきたから、心配ないのだけど。

視界から姿が消えると、気になって探しに行く。「にゃあん(母さん、ちょっと来て)」と呼ばれたときは、飛んでいく。

ひめ子は、5歳の黒柴。ひな子は、3歳の白猫。

毎朝、自宅から、車の助手席に抱き合うように乗って、工房へ通ってくる。

犬と猫だけど、朝から晩まで一緒の仲良し母娘なのだ。

ふたりの出会いは、3年前の春の朝。

当時2歳だったひめ子は、和枝母さんと、日課の早朝散歩を楽しんでいた。

いつもの公園にさしかかったとき、カラスが石垣のそばで黒い群れを作っていた。

ひめ子は、いきなりリードをぐいぐい引っ張って、カラスの群れに突進。真ん中に思い切りジャンプして、カラスたちを蹴散らした。温厚なひめ子は、カラスを相手にすることなんて、いつもは絶対にないのに。

カラスが散ったあとには、石垣に必死にしがみつく仔猫がいた。

まだ生後ひと月半くらいの真っ白な子だ。きのうの朝、公園を通ったときには見かけなかったから、きっと捨てられたばかりなのだろう。

和枝さんが抱き上げると、集中してついばまれていたらしく、左後ろ足は、もう骨だけになっている。心配そうにのぞき込むひめ子と一緒に、和枝さんは急いで自宅に猫を連れ帰った。

「仔猫の声がする」と、寝ていた栄一さんが起きてきた。「うちには犬がいるから、猫は飼えないだろう」と言いながらも、仔猫の状態を見て、心配そうに眉を曇らせた。

仔猫をミニ毛布に包んで動物病院へ連れて行こうとする和枝さんに、「どこに連れて行くの」と必死に訴える目で、ひめ子は追いすがった。

仔猫は、左後ろ足を関節から切断する大手術に。入院中、和枝さんと共に見舞いに訪れたひめ子は、ケージ内の仔猫に向かって「クンクンクン」とあやすように鳴き続けた。

戻ってきた仔猫をひめ子は大喜びで迎え、つきっきりのお世話を始めた。お尻を舐めて排泄を促す。おっぱいをまさぐる仔猫に添い寝をしてやる。そのうち、ほんとうに母乳が出るようになった。仔猫が床に粗相をしたときは、素早く舐めとって、素知らぬ顔をしている。

「この子は、なんにも困ったことはしませんよ。とってもおりこうさんだから、うちの子にしましょうね」そう言わんばかりに。

元気になったら、譲渡先を探すつもりだった栄一さんと和枝さんも、これには参った。

ふたりを引き離すことなどできようか。

和枝さん提供

「ひな子」という名をつけてもらった仔猫は、ひめ子の庇護の下、すくすくと成長した。

真っ白だった毛並みは、成長と共にベージュがかってきた。目は美しいオッドアイである。

ひめ子は、溺愛するだけの母では、けっしてなかった。

我が子が危ないことをしそうなときや、いたずらが過ぎるときは、唸って、しっかりとしつけをした。

ひな子は、3本足となっても、ひめ子のそばで何不自由なく安全に過ごしている。

最近では、独立心の強くなったひな子が「お母さん、ほっといて!」とばかり、可愛い猫パンチを飛ばすこともある。だけど、たいてい、しばらくすると、甘えたくなったひな子が寄っていくのだ。

かまってほしいひな子が、ちょっかいを出し続けるときには、「いい加減にしなさい」と、母が軽く唸るときもある。

すべて、仲がよいあまりの日常光景だ。

ときどき、ひな子もリード付きで、公園散歩に連れて行ってもらう。猫の散歩が物珍しくて、ほかの犬がたちまち寄って来る。

すると、必ず、ひめ子が間に入って、他の犬に唸る。ふだんは仲良しの犬に対しても。

「うちの娘にちょっかい出さないで、って言っているのだと思います。いつまでたっても、大事な大事な宝物なのねえ」

そう言って、和枝さんは笑う。

大きくなった今でも、ひな子は、母さんのおっぱいをまさぐるときがあるという。

「犬が猫を産んじゃった」

栄一さんは、工房に出入りの人たちにそう話している。

寄りそう猫
佐竹茉莉子・著

定価:1320円(税込)
単行本(ソフトカバー)
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※この物語は、2019年発行当時のものです。

写真と文:佐竹茉莉子

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