飼い猫から路地猫に。保護されてからは、いじめのターゲットに。そして、初めての友だち。巨猫マツコさんの一生は、数奇なものでした。
アタシ、マツコ。2年前までは、保護猫ラウンジにいたの。この真っ白な大きな体で、お客さんたちに人気だった。「マダム・マツコ」とも呼ばれていたわ。ラウンジの保護猫の中では、最古参だったっけ。
「マツコさんをわが家に」って申し出てくれる人は何人もいたの。
でも、決まらなかった。なぜなら、アタシをラウンジに託した保護主さんの譲渡条件は、「一匹飼い」だったから。みな先住猫がいるおうちばかりだったの。
ラウンジに来るまでは、どうしていたかって?
仔猫の時は飼われていたのよ。でも、体が大きくて、毛質がオイリーだったから、自分ではだんだん毛づくろいができなくなっていったの。
薄汚いアタシは、外に出された。駅裏の駐車場をねぐらにしたわ。だから、ますます汚れ猫になった。
おとなしいズタボロ猫というので、可哀そうがられて、いろんな人がいろんな食べ物を分けてくれたわ。背中の毛は、房になってガチガチに固まってしまって、重かった。
このままでは、病気になってしまうって、心配してくれた人たちが、アタシを保護してくれたの。「ご安心ください」って書いた貼り紙が、駐車場に貼られた。ホッとしてくれた人はずいぶんいたと思うの。
でも、保護してもらったおうちで、アタシは、先住保護猫たちのいじめのターゲットにされてしまったの。大きくて、動きがとろくて、無抵抗だから。
家具のすき間に頭を突っ込んで、じっと我慢している毎日だった。
見かねた保護主さんは、アタシを保護猫ラウンジに預けたの。一匹飼いでかわいがってもらえるおうちが見つかるように、って。
ラウンジでも、アタシは、やんちゃ盛りの猫たちの、しつこいいじめやからかいのターゲットになったわ。ちょっかいを出されると、とろとろと悲しそうに逃げるのが、おもしろいらしいの。
アタシはほとんどの時間を、別室の物陰に隠れて過ごすようになったわ。
あの頃は、食べることだけが楽しみだった。運動不足とストレスのために、10キロを超えてしまって、ダイエット食になったわ。
ポンちゃんがここにやってきたのは、アタシがここにきて2年たとうとする頃よ。
彼は、福島の帰宅困難地域で保護されて、シェルター経由でやってきたの。元はおうちの子だったみたい。
大きくて、堂々とした男だった。どんな猫にもフレンドリーで、たちまちラウンジのボス的存在になったの。
彼は、アタシをいじめなかった。それどころか、かばうように、そばにいてくれたの。
初めてポンちゃんがアタシにスリンとしてくれた時、アタシもスリンとお返しをしたわ。初めての友だち! どんなにうれしかったか。
ポンちゃんがアタシに寄り添ってくれてるから、誰もアタシに手出しをしなくなった。やっと、ラウンジの真ん中で、のびのびくつろげるようになったの。
そんな時、やってきたのが、やさしそうなお姉さん。お姉さんは、アタシの温厚さとふかふかボディーに一目ぼれをした。
アタシとポンちゃんがあんまり仲がいいから、「ポンちゃんといっしょの里親に、ってダメですか?」って申し出たの。でも、ラウンジの答えはこうだった。
「保護主さんの絶対条件は、一匹飼いです」
それで、アタシだけ、お姉さんちにもらわれることになったの。ところが、正式手続きの時になって、ラウンジからお姉さんに、思いがけない申し出が。
「保護主さんから、ポンちゃんといっしょに、というご提案です」
保護主さんが、「あんまり仲がいいのでいっしょにいさせてやりたい」って、条件を変えてくれたの!
アタシたち、保護主さんやラウンジの人たち、たくさんのファンから、大祝福されて、揃って家猫になったわ。お姉さんは、アタシたちのお母さんになったの。
「これまでつらい思いをいっぱいした分、しあわせに」って、お母さんはたくさんの愛情をお日さまのように注いでくれた。お母さんとポンちゃんとの毎日は、本当に安らかで、しあわせだった……。
アタシは、今、空の上。アタシの病気の発症は、仕方のないことだったの。放浪生活が長かったんですもの。
アタシがいなくなって、うろうろと探し回ったポンちゃん。半年たつのに、自分を責めて、ショックから立ち直れないでいるお母さん。聞いてほしいの。
いろんな人に手を差しのべてもらったこと。ポンちゃんに出会ったこと。お母さんに出会ったこと。ポンちゃんとお母さんと家族になれたこと。アタシにとって、それが、どれほどうれしかったか。
しあわせなドラマを生きさせてくれてありがとう。
お母さん、もう少し気持ちが落ち着いたら、アタシのように、おうちがほしくてたまらない子に、またしあわせなドラマを与えてやってほしいな。
アタシたち猫って、そうやって、愛をつないで生きてきたの。
ポンちゃん、新入りが来たら、その子はアタシが送り込んだ子だからね。仲良くしてやってね。
※このエピソードは、本が発行された2018年当時のものです
写真と文:佐竹茉莉子