珈琲豆店の小太朗くんとチャイくんは保護猫同士。冷静沈着な兄貴分とやんちゃな弟分。いいコンビです。
ボク、チャイ。母さんは、「ヤギコヤ」っていう小さな珈琲豆店をやってるんだ。
小太朗って名の兄ちゃんとお店の2階に住んでるんだけど、ときどき母さんに「コタロー、チャイー、降りといでー」って下から呼ばれるの。猫好きのお客さんが来てる時なんだ。
「きれいな猫さん」「物静かで賢そう」って言われるのは、小太朗兄ちゃん。ボクは「どうしてお目目がそんなにピカピカなの」「いつまでも仔猫みたいだね」って言われる。兄ちゃんが5歳で僕は4歳。1歳しか違わないのに。
ボクは店内をチョロチョロしちゃうけど、兄ちゃんは「いらっしゃいませ」って胸を張って、そりゃあ風格があるんだ。同じ保護猫同士なんだけどね。
ボク、産業廃棄物を処理するとこで生きのびてたノラ母さんから生まれたの。真夏のある日、母さんはボクのこと、置き去りにしてどっかに行っちゃった。そう、「イクジホウキ」ってやつ。でも、母さんは母さんで、きっと生きるのが精いっぱいだったんだ。
ボク、まだほんのチビで、たちまち熱中症で虫の息になっちゃった。
そんなボクを助けてくれたのが、そこで働く父さんなの。
ボクは病院預かりになった。数日して面会に来た母さんは、ボクの顔も目もきれいになってたから、別猫かと思ったって。
連れて帰ってもらったおうちに、小太朗兄ちゃんがいたの。
兄ちゃんは、後ろ左足が、固まったままぴょーんと伸びてるの。ちっちゃい時に交通事故に遭って町をさまよってて、動物病院に保護されたんだ。
そのころ、引っ越してきたばかりだった母さんは友だちもいなくて寂しかったんだって。それで、年とった犬か猫をもらいに動物病院に行ったの。お店をやってるから、騒がない年齢がよかったんだ。
でも、年とった犬も猫もいなくて、「こんな子がいる」って見せられたのが、足が不自由な兄ちゃんだったの。
父さんにも左足の障がいがあるから、母さんは「うちにくる運命の子なのかも」って思って引き取ったんだって。
小太朗兄ちゃんは、仔猫の時から聞きわけがよくてすごく落ちついた子だったけど、そのあとやってきたボクは、正反対。部屋の壁に垂直に跳びはね、「店内で放牧したら、どうなるかわからない」ほどじっとしてなくて、母さんは「もううちでは飼いきれない」と思って、よそにあげちゃおうとまで思ったって。
今もお客さんにこう話してる。「やっと少しは落ちついてきたからホッとしてるけど、同じ猫でもこうも違うのね」
小太朗兄ちゃんは、そんなボクを大きく包み込んでくれた。母さんが新しいおもちゃをポンと投げれば、ボクに先に遊ばせてくれるんだ。「まあ、落ちつけよ」って毛づくろいもしてくれる。
母さんは、珈琲の生豆をていねいに愛情込めて焙煎するんだ。20分ほどガスの高温で煎ると、珈琲豆は、こんがりといい色になる。そう、小太朗兄ちゃんの毛並みのようにすっごくきれいに光るんだ。
いつも来るお客さんが言ってた。「チャイくんはまだまだ生豆。小太朗くんのように香ばしい珈琲豆になるには、もうちょっとね」
ボクの夢は、小太朗兄ちゃんとふたり並んでお客さんを迎え、「わあ、カッコイイ猫たち!」って言われることなんだ。
小太朗兄ちゃんは耳元でこう言うけど。「チャイ、お前はお前のままで、兄ちゃんはいいと思うよ」って。
※このエピソードは、本が発行された2018年当時のものです
写真と文:佐竹茉莉子