nekobiyori_202209
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猫だって……「さびしさをこらえる時もある」

田んぼに囲まれた丘の上にある美術館には、猫がいっぱい。通い猫である虎之介くんには、こんな思い出が……。

ボク、美術館の通い猫、虎之介。週末の美術館の開館日だけ、絵描きのママの車で出勤してるんだ。

10月のある土曜日、いつものように、お庭でカマキリをおちょくったり、マツボックリ集めをしたり、木登りしたりしてひとり遊びしていたら、キャリーケースを下げた人がやってくるのが見えたんだ。

美術館でいちばん古株のミー姐ねえさんとボクは、すぐに駆けつけた。だって、キャリーからは、知らない猫の匂いがしたんだもん。

やっぱり。中には、ボクの半分の半分くらいのチビがいた。そいつは、よその町の中学校の体育館わきに捨てられてたんだって。

捨てられて、拾われて、はるばる車で運ばれてきたから、どんよりして固まってた。ひとまず、「シャ〜〜(チビっこいの、ここはボクの縄張りだ)」って、カツを入れてやったさ。

だけど、キャリーから出されてぼんやりしてるチビを見てたら、思い出したんだ。もっとチビだった元ノラのボクがここに来た日のことを。

不安でたまらなかったボクに近づいてきたのは、元捨て猫のモミジロー兄ちゃんだった。「悪童」って呼ばれてたモミジロー兄ちゃんが、ボクの面倒をまるで母さん猫のように見始めたから、美術館の人たちはびっくりしてた。

絵描きのママのおうちの子になって、週末にやってくるボクを、モミジロー兄ちゃんはいつも玄関で待っていた……。

チビは、ボクの家から週末に美術館に通って、里親を探すことになった。

photo: MITSUK.H

「やってきた時は、目ヤニだらけでひどいご面相だった虎之介でも、いいおうちが見つかったんですもの。この子なら、すぐにもらい手が見つかるわ」

館長さんは、そんな失礼なことを言ってた。

ひどいご面相、って、なんだよう。その晩、ボクはチビのそばで眠ってやった。モミジロー兄ちゃんがボクにしてくれたようにね。

次の日。美術館に着くなり、ボクはチビに言った。「ボクについてこい」いろんなことを教えてやらなきゃ。

チビは、ボクのあとをついて、大喜びで芝生の上を走り回ったよ。木登りも教えてやった。バッタも追いかけた。縁の下探検もした。いっしょに飛行機雲も眺めた。それはみんな、モミジロー兄ちゃんとやった楽しいことだった。

チビは、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と、どこにでもついてきた。ボクたちは、おうちでも美術館でも転げ回って遊び、遊び疲れると重なって眠った。

チビがやってきてちょうど2週間たった日曜日。またキャリーを下げた家族が美術館にやってきた。今度は、キャリーは空だった。

東京からやってきたやさしそうな一家は、前の日にも美術館に来てて、チビのことがとっても気に入ってたんだ。チビは、この2週間でふっくらして、誰からも「まあ、なんてかわいい」って言われる猫になっていたから。

チビはキャリーに入れられて、きょとんとしていた。

館長さんは、しゃがみこんで、ボクの目をじっと見つめた。そして、ひとことひとこと言い聞かせるように、ゆっくりと言ったんだ。

「虎之介。2週間チビの面倒を見てくれて、遊んでくれて、本当にありがとうね。とってもいいお兄ちゃんだったね。チビは、おうちが見つかって、そこでかわいがられてしあわせになるんだよ。お別れをしようね」

ボクは、とっさにママの顔を見た。ママは何かを必死にこらえてる顔をしてた。

うん、わかった。ボクはもう7か月のお兄ちゃんだい。めそめそなんてしない。だから、キャリーの中でちょこんと座ってるチビに、そっと「さよなら」って言った。

この夏、美術館に行ってもモミジロー兄ちゃんが迎えてくれなくて、何週間も泣きながら探し回るボクを見て、館長さんたちは涙ぐんでた。だから、館長さんは、ボクが納得するよう、ちゃんとチビとのお別れをさせたんだ。

チビの匂いだけが残った。チビがいなくなった庭を、ボクはむちゃくちゃに走り回り、カラスに追いかけられた。

そのあと、長いこと、モグラの巣穴掘りに熱中した。みんなが呆れ返るほど深く、肩まで入るほど深く。

いつもボクたちの写真を撮りにくる人が、鼻先が土だらけのボクを見て言ったよ。

「さびしくなったね、虎之介。あれ、なんだかおとなっぽい顔になってる。モミジローくんに似て、やさしくていいオトコ。みんな、虎之介のことが大好きだよ」

チビは、「茶太郎」って名前になって、おじいちゃんとおばあちゃんとパパとママと3人の子どもたちみんなにかわいがられて、やんちゃしてるって、ママが言ってた。

東京っ子になったチビは、ボクといっしょに丘の上を走り回った2週間を、ふっと思い出すことがあるかなあ。そうだ、モグラの穴掘りをあいつに教えてやるのを忘れてた。

しあわせに元気で暮らせよ。2週間の、ボクのおとうと。

猫だって……。
佐竹茉莉子・著

定価:1320円(税込)
単行本(ソフトカバー)
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※このエピソードは、本が発行された2018年当時のものです

写真と文:佐竹茉莉子

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