またまたやってきたのは、長毛3兄妹。
事故で亡くなった母猫の帰りを、雨の中、身を寄せ合って待っていました。
ゴローくんが、猫小屋のそばに積まれた、お風呂用の薪の上で日を浴びています。賢そうな眼をした子です。
弟は、ヒデキ。妹はヒロミ。
そう、かつてのアイドル歌手の「新御三家」からとった名前です。
兄妹は、ひと月半前に、海辺の公園からやってきたばかり。
捨て猫の名所になっている公園に捨てられた母さん猫から産まれた子です。母猫は交通事故に遭い、遺のこされた子猫たちは、冬の冷たい雨に打たれ、身を寄せ合っていたのでした。
麻里子ママは、後から後からなじみ客に持ちこまれる捨て猫たちを、やむなく引き受けてきました。
「この人もやむなく拾って、さぞ困っているだろう」「私が断ったら、この子たちはどうなる?」と思うからです。
用心深いヒデキとヒロミに比べ、ゴローはこのうえなく気持ちの平らなフレンドリーな性格で、すぐに人になつき、猫小屋の生活にもなじみました。さっちゃんとも大の仲よしに。
雨上がりの朝、洗濯物がたくさん干された裏庭の草の上に、ゴローくんが、弾む足取りで踏み出しました。出来たての白い毛やピンクに透ける耳がまぶしいほど。
青い空、広い里山、穏やかな日々。もう、寒さに震えることも、空腹に耐えることも、車のエンジン音におびえることもありません。母さんはもういないけど、大丈夫。
草むらの中で、ゴローくんは青い空に浮かんだ白い雲を眺めます。
野菜畑から、猫小屋を振り返ると、ヒデキとヒロミが猫小屋の戸口にいます。
「おーい、ヒデキにヒロミ~。みんなで里山探検に出かけようよ~」
および腰の2匹を誘って、ゴローくんは、里山探検に。ゴローくんが先頭を走って、その後2匹がこわごわと続きました。
実は、ゴローくんもまだ、ひとり探検は怖いのです。
だって、こんな広い里山だもの、何が待ってるかわからないから。
生まれた公園にも、人が植えた木はいっぱいありましたが、こんなワクワクする自然ではありません。
ヒデキくんは、さっきから目を見張ってばかりです。
山からときどき聞こえる「バサバサッ」っていう音は何なのだろう……。
里山での生活は楽しくて楽しくて、ゴローくんは、毎朝、猫小屋のドアが開くのを、ドアのそばのサンルームで待ちかねるようになりました。
サンルームには、朝陽が降り注ぐのです。
お隣のおばあちゃんの畑では、春野菜がぐんぐん育っています。
家で食べる分が採れればいいので、猫たちが畑で転げまわって遊んでも、おばあちゃんは寛容です。
ヒデキくんとヒロミちゃんはそっくりで、見分けるのが難しい。
両足が白いのが、ヒデキくん。片足が黒いのが、ヒロミちゃん。そう教えられても、難しい。
夏がやってきました。キャンプ場は、夏休みの家族連れで、大賑わい。
花はなの里にある池では、ザリガニ釣りが楽しめます。町からやってきた子に人気です。
おや、子どもたちに混じって、真剣に水面を見ているのは、ゴローくん。
誰にもフレンドリーなゴローくんは、物怖じすることがありません。
「あんまり乗り出しちゃ、危ないよ」
かわいい女の子が肩に手を回してくれました。もうすっかり、町の子と友だちです。
この里山の木は、一本一本みんな違ったおもしろい形をしています。母さんと暮らしていた公園の木は、みんなおんなじ形で、木登りなんてできなかったけど。
ライム先輩が、すごく楽しそうに登っているのを見て、ゴローくんたちも木登りの楽しさを知りました。
木の上からは、里山がもっと広く見え、楽しいことがまだまだ待っているように見えました。
ヒデキくんもヒロミちゃんも、木登りが大好きになり、毎朝、猫小屋の戸を麻里子ママが開けてくれると、真っ先に山の方へかけ出していくようになりました。
夏が過ぎるころには、ダムの猫の誰よりも木登り上手な兄妹になり、山鳥のたてる羽音もちっとも怖くなくなっていたのでした。
写真と文:佐竹茉莉子
※犬猫たちの顔ぶれは、本書発行の2017年当時のものです。カフェは現在休業中。