もう8年も前、2016年に本誌86号のCNN(キャット・ニュース・ネットワーク)で、コルシカ島の猫について書いたことがある。イタリア半島の西、地中海に位置するこの島をフランス人は「コルス」と呼ぶ。皇帝ナポレオン1世の生誕地でもあり、船でコルスへ近づくにつれて、灌木林の香りや光の強さが増す。船上で見も知らぬ人たちとは「ああ、コルスの香りや光が濃くなってくる。この地に還る感覚はいつも通りだ」と話す。
筆者にとってコルスは故郷ではない。だがワインライターとしてその地にしかない固有性を知る方法のいくつかは香りや光、水とそして土だ。朝起きていつものようにワイナリーを取材していると、そこには普通に、ワインを造る人へ寄り添う動物たちの存在
がある。ただ、コルスに通うときにはいつもひとつだけ「?」があった。それは猫好きな方々が話す、「コルスにいるのは、家猫とノラ猫、そして『野生猫』なのよ」。
野生猫? ノラ猫じゃないの?その違いを問う。皆が異口同音に語る野生猫とは。
―ノラ猫のゴハン場には寄ってこない。距離感と警戒心が違う
―距離感が違うのに(遠くにいる)、とても大きく見える
―例えれば、キツネ?
―犬のゴハン場で強い。犬の方が引いてしまう
特徴的な縞模様のシッポからキツネネコと呼ばれているようだ。たまに、「あ、あれが野生猫(キツネネコ)よ!」と言われたことがあったが、茶色がかった動物を目視できても、望遠レンズに替えてカメラを構えたときには、もう視界にはいない。
しかしコルスに住む人たちの長年の証言と、複数のフランス誌が固有種の保全のために野生猫を報道したことで、OFB(フランス生物多様性局)が調査を開始。そして23年3月に「コルス北部の森で見つかった通称キツネネコの遺伝子は、フランス本土のヤマネコともイエネコとも明らかに異なる」と発表した。
キツネネコの詳細はまだ謎に満ちている。パリ郊外にある猫科動物園(本誌でも2度掲載)に問い合わせても、まだ共有できる画像はないというが、どうもアフリカ大陸で孤立したヤマネコがローマ皇帝の時代に連れてこられ、独自の進化を遂げたらしい。
不思議に思う。筆者は近年、よく西表島に通っている。前述の猫科動物園からも「ニッポンのイリオモテヤマネコの最新情報を知らせてください」と尋ねられるも、西表島に住む近しい友人からの答えは、「住んでいても見たことがほぼない」。
両島は面積が違うとはいえ、キツネネコを見かけたことが多すぎる?コルスでは羊や山羊を襲う猫として、羊飼いの民話にも登場する。もし思いのほかにキツネネコがいたのなら。固有種を残せる可能性は高いのかもしれない。
(文・写真 堀晶代/出典・OFB)
堀晶代
日仏を往復するワイン・ライター。著書に『リアルワインガイド ブルゴーニュ』(集英社インターナショナル)。電子書籍『佐々木テンコは猫ですよ』がAmazonほかネット書店で好評発売中。