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猫一匹拾っても、世界は変わらない。でもその猫と家族にとっての世界は、まったく違うものになる。
実話を元にした猫小説、連載第10回。仕事先で病に倒れた「プ」がフランスから帰ってきた!久しぶりに一緒に遊んだら、プがこの家にいることが、やっと思いっきり信じられた。
夜にランが帰ってきて、「今日のテンコ」メモをプが読みあげた。
「久しぶりにテンコと雪山ごっこをしたら、ガブッってされた。痛かった。でも最後はペロペロしてくれた。ジャリジャリした舌が、もう、くすぐったいの、なんのって!」
「『今日のテンコ』メモも、ホント久しぶりだね。はぁ、やっと日常が戻ってきたのかな。テンコはテンコでずっと遊びたかったんだと思うよ。あの子はすぐに遠慮や我慢をするから。
今まで遊べなかった分も、もっと遊んであげなきゃ」
「テンコとボンビにできることも、また少しずつ増やせていけたらいいね」と、お昼ににっこりと笑ったプ。
たいしたことじゃないけれど、ボンビがどこかに行ったあとに、布団の下でヘンな動きをしてくれたのは、ちょっぴりうれしかった。
それからも毎日じゃなくても、プはときどき布団の下から遊ぼうとしてくれる。そしてゴハンもなんとなく、いままでよりも美味しくなった。猫にだって、手を抜かれたゴハンはわかる。
でも手抜きゴハンがほとんど出てこなくなった。
ただひとつだけ、よくなかったのは、ボンビがあきらかに太ったこと。
わたしとボンビのゴハンはべつべつのお盆に、二皿とお水が置いてある。
そしてわたしもボンビも、ゴハンは気に入ったものから少しずつ食べるのだけれど、美味しくなったから、知らん間にボンビはわたしのお盆にあるゴハンも食べているみたいで、それはランとプも気づいたよう。
「好きな時に少しずつ食べる癖をつけちゃったのは、こういう時に困るね。どっちがどれだけ食べているのかが分からない。だからと言って今さら、ゴハンの時だけ大きなケージで別々にあげるのもストレスになるだろうし、テンコがやせたというわけでもないし」
「でも丸顔のボンビもかわいい。食べないよりは食べてくれる方がいいんじゃない?食べた分、消費させる」と、プのボンビとの遊びかたは、ますます派手になった。でも軽々とカーテンをよじ登っていたボンビが、ずり落ちるようになって、さすがにふたりも心配そうにし始めた。
「ゴハンのあげかたをどうしよう。テンコファーストで考えると、今まで通りに好きなように食べてほしいし。ボンビの性格を考えても、ケージではゴハンが進まないだろうし」
そう話しつつも、けっきょくは毎日、ふたつのお盆が並んだ。わたしはボンビのせいでお腹がまえよりも空いたとは感じないし、ケージとかキャリーケースっていう言葉に楽しい思い出はないから、このままでいいよ。
ゴハンのあげかた以外は、とくにランとプが悩んでいるようにもみえないまま、あっという間に春が来て、春が終わって、わたしもボンビもずいぶんとスッキリした毛並みになったころ。
ひさしぶりにプの口から「出稼ぎ」という言葉が出て、つぎのつぎの日には、また重そうなスーツケースやらキャリーケースをひきずって、ドアの向こうに消えていった。
大丈夫かな?出稼ぎに行くのは止めないけれど、この家にはランとボンビとわたしがいつでも待っている。なにかタイヘンなことがあっても、それだけは、いつでもどこでも忘れないようにね。
じゃ、いってらっしゃい。
文・堀 晶代
写真・堀 晶代/カズノリ
ほり・あきよ
フリーライター。物心ついた頃からたくさんの猫たちと育つ。大阪市立大学生活科学部卒。2002年よりワイン取材で日仏往復生活を送るなか、母の「フランスの猫の写真を見たい」という思いつきのような言葉から、猫や猫をとりまく人たちの撮影や取材を開始。自著に『リアルワインガイド ブルゴーニュ』(集英社インターナショナル)。現在は夫、猫二匹と一緒に大阪暮らし。