取材・文 西宮三代 写真 平山法行
住宅街にひっそり立つ小さな猫の診療所
「あっぷ猫の病院」(東京都大田区)は、猫のための小さな診療所。ベージュ色の建物は、遠目には、そこが動物病院だと気づかないくらい、住宅街に溶け込んでいる。
玄関横には、猫のイラストとともに「猫の歯は30本あります(乳歯は26本)、ワンちゃんは42本(乳歯28本)です」と書かれた黒板、猫顔シルエットをあしらった郵便ポスト、植物の枝に乗って 楽し気に遊ぶ猫のオブジェなど、 しばし眺めるだけでホッとする。玄関入ってすぐが待合室で、正面が受付。院長の佛淵あや先生に迎えられ案内された診察室は、事務机と診察台がまとまっていて、まるで自宅で診察を受けて いるような温かさが漂う。
ここで働くのは佛淵先生と、普段は表に出てこないミケ猫の助手「ミーコ」(11ヶ月メス)。ミーコは佛淵先生が友人からもらった猫で「旅先で通りかかった無人のゲームセンターに捨てられていたところを友人が保護。私のところに連れてきたので、スタッフとして引き取ることにしました」と佛淵先生。ミーコの主な仕事は、院長の相手と癒し係。
「聴診器をかじること、猫のマトリョーシカを転がすことも仕事でしたが、聴診器は机の引き出しにしまったので、ミーコの仕事は一つ減りました(笑)」。
お話をうかがっていると、診察室の裏で耳をそば立て「私の話をしているニャ?」と気がついたのか、ミーコが診察室にやってきた。初めはちょっと警戒していたが、あっという間に「遊び相手だ!」と思ったのかやんちゃモード炸裂!手帳からぶら下がったしおり紐を見つけては「テシッ、テシッ」と猫パンチ連打、華麗なジャ~ンプで「遊んで!」の猛アピール!「はいはい」と取材の合間に相手をすると、「もっと真剣に!」とつぶらな瞳で訴える。今も昔も、そして未来も、人はこうして、猫に心を奪われてしまうのだ。
住宅街にひっそり立つ小さな猫の診療所
「子どもの頃から動物が大好きで、小学校では、鶏とウサギの飼育係を引き受けていました。動物の中でも猫は特別で、『ラッキー』『うなぎ』『トラ』、そして小学4年生の頃にやってきた『あっぷ』という猫を飼っていました。
『あっぷ』は、当時、姉が通う中学校の職員室で保護されていた猫。まだ目が開いたばかりで、姉が父に電話をかけて『子猫を家に連れて帰りたい』と話すと、最初は反対されたのですが、姉がどうしても見捨てられず家に連れて帰り、あまりのかわいさに父も態度を一変。うちの猫になりました。公園で開かれる猫の集会に、初めて連れて行ってくれたのも『あっぷ』でした(笑)。
長生きだった『あっぷ』は、私が獣医師として働き始めて5年後、21歳で虹の橋を渡りました。『あっぷ猫の病院』というのもこの子にちなんでつけた名前です」
ちなみに、このエピソードに出てくる父の佛渕健悟さんは、猫をテーマにした『俳句・短歌・川柳と共に味わう猫の国語辞典』を編集・出版。猫愛あふれる俳諧師としても知られている。
猫のリズムに合わせ、無理をしない優しい診療
獣医学部を卒業後、犬・猫・小動物診療の病院で11年勤務した佛淵先生は、今から6年前に開院。
「私自身が猫派ということもあり、猫と飼い主さんが他の動物のにおいや鳴き声を気にすることなく、安心して診療が受けられるように猫専門にしました開院当時からスタッフは私一人で、ミーコが入ったのも最近です」
そんなわけで、「あっぷ猫の病院」を受診すると、佛淵先生が受付、診療、会計を担当。処置などで「もう1人、手が欲しい」というときは、飼い主さんに手伝ってもらう。
「猫にとっては第三者よりも飼い主さんのほうが安心できるので、診療は苦手でも、さほど『嫌だなぁ』という感じは伝わらないですね」
佛淵先生の診療のスタイルも「猫のリズムの邪魔をせず、あまり無理をしない」がモットーだ。
「例えば、エリザベスカラーの装着など、ある方法を選択すれば症状の進行が抑えられる、という場合。確かに理屈ではそうかもしれませんが、それにより猫のストレスが増したり、飼い主さんが消極的だったりするときは、いくらこちらがよかれと思ってすすめても、うまくいかないこともあります。もちろん『どうしても今、この治療や処置をやらなければ猫の苦痛が増す、状態が悪くなる』という場合は別ですが、そうでない場合は、飼い主さんとよく相談し、今は無理をしないで経過を見て、それからもう一度考えましょう、ということもよくあります」
静かな診察室で、飼い主さんとの会話を大切にする診療では、飼い主さんも落ち着いて話しができ、日頃の猫の様子、飼い主さんと猫との関わりから治療のヒントが見つかることもよくあるそうだ。
猫のリズムに合わせ、無理をしない優しい診療
「あっぷ猫の病院」には、「おなかの調子がおかしい」「おしっこの様子がヘン!」「やたらとどこかをかゆがる」「誤食したかもしれない」など、様々な心配を抱えた猫と飼い主さんがやってくる。子猫や若い猫では「ビニールやスポンジをかじって食べてしまった!」などの誤食もよくあり、スリッパの裏側のウレタンなど、思いもよらないものを食べてしまうこともあるそうだ。
「吐くか、うまく通過して便と一緒に出てくるとよいのですが、十二指腸で詰まると腸閉塞を起こすこともあり危険です。誤食防止は、猫と飼い主さんの攻防戦。いち早く猫が好んでかじるものを見つけて猫の手の届かないところに隠す、あるいは家の中に置かないなど、飼い主さんの先手必勝あるのみです」。
一方、シニアになると、糖尿病や腎不全など、慢性的な病気のケアや「終末期をどうするか?」など、悩みも増えてくる。
「猫は、飼い主さんの気持ちに敏感ですから、飼い主さんが悶々と悩んでいるのは、少なからず猫の心や体に影響があると考えます。悩みがあるときは、電話でもよいのでできるだけ気持ちを話していただき、一緒に考えるようにしています。そうして一つでも飼い主さんにできることが増えると、状況がよい方向に変わることもあります。治療で猫が元気になったり、症状が楽になったりすることはもちろんですが、飼い主さんと猫が少しでも長く穏やかに暮らせることも大切です。そのためにできる限りのお手伝いをする。これも『私=小さな診療所』の大切な役割だと思っています」
Hotokebuchi Aya
東京都生まれ。日本大学生物資源科学部獣医学科卒業。都内の動物病院に11年勤務後、2016年4月「あっぷ猫の病院」を開院。
あっぷ猫の病院
東京都大田区仲池上2-15-13
サンハイツ1F TEL 03-6410-2249(ニャンニャンよくなる)
診療時間:9:00~12:00、15:00~18:00(土曜は9:00~14:00)
休診日:日曜・祝日
http://neko.kissako.com