見れば確かに猫ではあるが、映画『グレムリン』に登場する「ギズモ」のような顔にずんぐりむっくりの体。短い足でぽてぽて歩き、食べ方もスローで猫らしからぬ不器用そのもの。そして、何をするにも気だるそうな表情には哀愁さえ窺うかがえる。「最強」の真逆にいるようなこの猫、「もんた」の最強たる所以とは?
老成した2歳
猫の名はもんた。老成したシニア猫に見えるが、実は8月にようやく2歳を迎えるまだ若猫真っ盛りだ。福岡県糸島市の自然に囲まれた家で飼い主のYさんと二人暮らし。広いお庭を散歩する様子や、見た目と反して甲高い声を上げながら遠慮がちに甘える姿など、もんたの一挙手一投足にSNSユーザー達は釘付け。
Twitterで彼の日常を紹介した、その名も「もんたの日常」は、更新頻度が決して頻繁な方ではないにも関わらず、昨年11月の開始からひと月でフォロワー数5万人を超え、現在その数は8万人に上る(5月時点)。YouTube登録者数も10万人を突破。
もんたグッズを作れば即完売という人気ぶりで、〝遊べる本屋〟として知られる「ヴィレッジヴァンガード」とのコラボグッズまで登場している。
人生初めての猫
猫は初めてだったYさん。自身はドッグトレーナーの経験者でもあり、趣味も断然アウトドア。ただ、「元々性格もそんなにマメじゃないから、一緒に暮らすなら猫の方が、躾しつけや散歩の手間もかからなさそう」という理由で足を運んだ譲渡会で出会ったのが、生後2ヶ月のもんただった。
母猫とはぐれたところを保護されたとのことで、子猫らしいエネルギッシュさがなく健康面での不安もあるにはあったが、容姿の不思議な魅力もさることながら、「直観的にこの子だと思った」と、Yさん。
正確な病名が分かったのは引き取った後のことだった。
外れた思惑
主な病気は、「先天性甲状腺機能低下症」。ホルモンの分泌異常により、人間でいう「小人症」のような症状が現れるのが特徴的で、もんたの小さな体つきや短い手足、寝ていることが多くおっとりした雰囲気は、この病気に起因するものだ。
そのほか、重度の便秘、口内環境の悪化、腎不全、関節炎など、複合的な要因からさまざまな慢性疾患も抱えているため、毎朝の投薬に徹底した療法食、数ヶ月に一度の通院などが欠かせない。
「猫は手がかからず、ちょっとぐらいほったらかしてても大丈夫…… なはずだったんですが、まさかこんなに大変だったとは(笑)」と、Yさん。
もんたの日常
猫らしからぬもんたの朝は遅い。大体8時頃に起床すると、薬入りのちゅ~ると便秘対策のウェットフードを食べ終え、散歩に出かけるところから一日が始まる。外から戻ると、お気に入りのソファで夕飯まで眠って過ごすことが多く、食後に嫌々歯磨きをされるとまた就寝、という日々だ。
朝の散歩は、寒い日や雨だと10分で済むが、お日様が心地良い日は2時間に及ぶことも。ただし、ずっと動き回っているわけではなく、日当たりの良い「ここぞ」という場所に寝転んで、うつらうつらしているうちに気づけば2時間……というパターンがほとんど。そんな時も、Yさんはもんたに寄り添いつつ、長引きそうな時にはコーヒーを片手にパソコンを開いて仕事を始めるのが日課なのだという。
自身で起業し、自宅が仕事場のYさんだからこそ、もんたの小さな体調変化にもいち早く気づけ、「何をするにも普通の猫の3倍時間がかかる」というスローペースなもんたにとっても、自分を最大限に尊重してくれる最高のパートナーなのだ。
最弱は最強!?
どう見ても、まったく最強要素が見あたらないもんた。しかし、Yさんには最近思うところがあるという。
「もんたは猫の中でも恐らく最弱クラスなんです。保護されなければ、到底生きていけなかったでしょう。でも最弱だからこそ、飼い主の僕もほったらかせず( 笑)、色々試行錯誤したり、SNSでも皆さんがアドバイスをくださったりして、周りの助けでどうにか生きてこられた。だけど考えてみたら、一人で生きられない代わりに、いろんな人に助けてもらう生き方って、逆に最強なんじゃないかなって思うようになりました。本当は人間社会でも、周りを上手に頼った方がもっと生きやすかったり、ビジネスでも可能性が広がったりするんじゃないかなって。だから、もんたの『弱い部分を大いに見せて( 笑)、周りに助けてもらう姿』っていうのは、見習いたいですね。種族が違うので、もしかしたら猫の特権かもしれないですが」
最強の幸せ
当初想定していた猫との暮らしからは随分かけ離れたが、「もう犬には戻れません」。そう断言するYさん。
「もんたの猫なのに猫っぽくないところ、甘えん坊なのに控えめな甘え方、全部が可愛いのは大前提として、毎日のケアが大変だからこその愛おしさは、ひとしおです。それに、もんたがいてくれるから、愛情を全力で向けられる幸せを日々感じています」
心配は尽きないが、現状を嘆くのではなくきちんと病気と向き合い、打てる手はすべて打った上で開き直ることも大事だという。
「動物にはこちらの感情が伝わるっていうから、できるだけイライラしたり不安になったりしないように心がけています。短いかもしれないけれど、もんたには愛情に満たされた濃い人生を送ってほしいから」。
最弱にして、最高の飼い主を手に入れたもんた、あんたやっぱり最強だ。
文・高橋美樹 写真・芳澤ルミ子