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寄りそう猫「マリちゃんの『女の一生』」

若くして漁港に捨てられたマリちゃん。いろんなことがあったけど、潮風に吹かれてきょうも海辺を闊歩する。

ころんとした手足と大きめの顔を持つマリちゃんは、南房総にあるこの漁港の主のような雌猫である。

漁協直営の「ふれあい市場」の人たちみんなに、可愛がられている。

寒い季節はあまり外に出ず、市場の従業員休憩所でぬくぬく過ごすが、暖かくなってくると、朝から漁港内の見回りに精を出す。

「マリ姐さんが見回り中だ」と、若い猫たちが遠くから見つめる中、悠然と一帯をのし歩く姿は、女ボスの貫禄十分だ。

「変わりはないようね」ひととき船陰で輝く海を眺めたあと、船の上にひらりと飛び乗り、陽だまりでうとうと。彼女の縄張りは、今日も平和一色に染まっている。

この冬には体調を崩して見回りもしなくなり、市場の人たちをずいぶん心配させたものだが、暖かくなると、みごとに復活したのだ。

マリちゃんは、11年前に、この漁港の餌場に突如現れた。毛並みがきれいだったので、捨てられたと思われる。

当時から浜辺の猫たちのお世話を続け、今は夫妻でNPO法人を立ち上げ、自宅にシェルターも病院も整えた千鶴子さんは言う。

「今でこそ怖いものなしのマリちゃんだけど、捨てられてしばらくは、不安そうにしていたわね。まだうら若くて、細かったし」

漁協と市場の中間にある岸壁のあたりで、千鶴子さんが運ぶご飯を待つグループの一員となったマリちゃん。

不安げな表情もなくなり、人懐っこいので、漁港内で可愛がられてのんびりと暮らしていた。

数年前、マリちゃんは、餌場を変えて、市場のほうに移ってきた。

漁港内で長いことボスとして君臨してきた「ボス」と、いい仲になったからだ。

彼は、よそから流れてきた百戦錬磨の傷だらけの大きな猫だった。

たちまちボスになったけれど、女子どもの猫には優しかった。

市場で食堂を経営する女性はこう言う。

「ケンカは強かったけど、憎めない可愛い奴だったわよ。『オレの彼女』みたいに、マリちゃんを連れ歩いてたわ。『やっぱりボスは見る目があるねえ。マリちゃん、ムチムチのいいオンナだもんね』って、みんなで言い合ったものよ」

細かったマリちゃんは、市場の人や猟師さんに可愛がられ、おいしい魚を毎日もらって、いつしか立派な体格になっていたのだ。

ボスとマリちゃんが寄りそうしあわせな月日は、数年続いたが、3年前の冬に、ボスはひどい風邪をひき込んだ。古傷だらけの体だったし、この漁港に流れてきて12年、彼はかなりの年になっていた。

千鶴子さんはボスをシェルターで養生させることにした。いなくなったボスを漁港じゅう探し回るマリちゃんの姿が目撃されている。

暖かくなって、ボスに体力が戻ってきたら、マリちゃんや仲間たちの元に戻すつもりでいた千鶴子さんだったが……。

ボスの体力は戻らなかった。しきりに外に出たがるボスを抱いて、千鶴子さんは春浅い漁港に向かった。

仲間たちの姿は見当たらない。草の上にそっと下ろしてやると、ボスは懐かしそうにあたりを見回した。

市場にも連れていくと、市場の人たちはみな、すっかり小さくなったボスを見て泣いた。

その3日後に、ボスは安らかに旅立った。

千鶴子さん提供

ボス亡きあとの漁港には、次期ボス格の気の強い雄猫は不在だ。

揃ってビビりぞろいの猫たちのトップは、マリちゃんに受け継がれた。

ことに威張るわけでもなく、面倒をみるわけでもないが、泰然自若としたその存在は、漁港の平和に欠かせない重しになっている。

「ボスがいなくなって、マリちゃん、さぞかししょんぼりするかと思ってたら、すぐにふっきれたみたいよ。やっぱり、女は強いよね」

市場の人たちは、そう言い合って、胸をなでおろした。

「だけど、マリちゃんだって、いいお年だから」と、寒さ対策や食事に気を使ってもらっている毎日だ。

将来、浜で暮らすのが大変そうになったら、千鶴子さんのシェルターで、のんびりした余生が約束されている。

だが、ふっさりした毛並みを光らせて、浜辺を闊歩するその姿を見れば、「女ボス」引退の日はまだまだ先のようだ。

 

寄りそう猫
佐竹茉莉子・著

定価:1320円(税込)
単行本(ソフトカバー)
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※この物語は、2019年発行当時のものです。

写真と文:佐竹茉莉子

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