気ままなフーテン暮らしを謳歌していた大猫ゴンちゃんがついに保護。はたして、すんなりと家猫になれるのか……。
ずっとおひとり様の自由生活を楽しんでたこのオレが家猫になるなんて、思ってもいなかったぜ。ついこの前までは。
縄張り争いに負けることのなかった大猫のオレが、より快適なねぐらを求めて、この町に流れてきたのは、2年前の春の終わりのことだった。スーパーの前庭に木陰とベンチと草むらがあって、すっかりそこが気に入ったんだ。オレ、風に吹かれてるのが好きなんだ。
いつのまにか「ゴン」って名がついてた。「ゴンちゃん」と呼ばれれば、「にゃあん」と人撫で声で返事して、膝の上にどっかりと乗ってサービスした。いろんな人が食い物をくれるから、オレはますますでっかくなった。
「ゴンちゃんはフーテン暮らしが性に合ってそうだけど、唐揚げとかちくわとかもらい続けてたら、体壊すね」
「猫嫌いの人たちから苦情が出てるんだって。何かある前にホカクしないと」
近くのマンションに住む猫好きたちがベンチでひそひそ相談をしてた。
そのあと、何回も何回もホカクされそうになったよ。連中、膝の上で油断させといて、ケージに押し込もうとするんだ。大暴れして断固拒否したぜ。唐揚げでホカク器に誘導される作戦にも騙されなかった。
あの日は、油断してたんだ。バスタオルをかぶせる「いないいないばあ遊び」で、ゴロゴロ言ってたら、バスタオルごと大きなネットに頭から半身突っ込まれて、ケージに入れられちゃったのさ。
そのまんま獣医に連れてかれて、「体重過多」の烙印を押された。ついでに縄張り争いでグラグラしてた前歯を抜かれ、自慢のタマタマまで取られちまった。
そのあと連れ込まれたのが、ホカクの首謀者であるお父ちゃんとお母ちゃんの家だった。家に慣れるまで、特大のケージハウス(オレ様からすれば狭すぎ!)に閉じ込められた。
「ここから出せー」って、どすんどすんケージに体当たりしたさ。先住猫たちは何日も遠巻きに見物してた。
1週間後にフリーになった時は、そこら中にウンチやおしっこをしまくってやったさ。猫トイレが小さすぎるんだよ。あわてて、お母ちゃんが特大サイズを用意してくれた。
で、オレの猫生初のマンション暮らしが始まったわけだが……。これが案外快適なんだな。ひと月も経たないうちに、不覚にも家猫生活にすんなり適応しちゃったぜ。
まず、お父ちゃんの胸の上というオレ専用の肉布団があって、あったかいのなんの。
「朝まで、プロレスの固め技をされてるみたいだ」ってお父ちゃんはこぼすけど、どかそうとしないのさ。
あと、雨風にさらされなくてすむし、夜の寒さに凍えなくてすむ。ダイエットを命じられてるけど、食いもんにも困らない。
「なかま」ってのができたのも新鮮だったな。月ちゃんと花ちゃんと宙くんは、みんな保護猫で、オレよりずっと若い。
オレは一番年長で、一番でかくてケンカに強いにもかかわらず、一番の新入りなんだ。そこは、オレだって、ちゃんと心得てるさ。ほら、「郷に入らば郷に従え」って言うだろ。
これ、動物社会の常識さ。
隣り合わせになればペロペロ舐めてやるし、キャットタワーのてっぺんは譲る。みんなが怖がる掃除機にも「まかせろ。やっつけてやる」って立ち向かっていく。じつはオレも怖いんだけどね。
カワイイ月ちゃんにくっつき過ぎて、「ゴンおじさん、お口くさーい」って言われちゃうのが、オレのノラだった唯一の名残かな。
ここは窓からいい風が入ってくるし、まあ、のんびり暮らすよ。
※このエピソードは、本が発行された2018年当時のものです
写真と文:佐竹茉莉子