靴箱に入れられて捨てられていたニケくん。今では、ママといっしょに預かり仔猫を育てたり、訪問セラピーで大忙し。
今日は、ボクのお仕事の日。家を出る前に、ママにリードを着けてもらうと、スイッチオンになるんだ。
今日の行き先は、介護付き有料老人ホーム。何回も行ってるから、もうおなじみの訪問先だよ。
ママは、CAPPっていうアニマルセラピー活動に参加してるから、こうやって介護施設や児童施設なんかへの慰問活動にボクを連れて行くんだよ。
ボク、お出かけが大好き。ニンゲンも大好き。小さい時からリリ先輩の慰問活動を見学してて、バトンタッチされたばかりの新米なんだ。
ボクが行くと、おじいちゃんおばあちゃんの顔がパッと明るくなるの。「猫を昔飼っていたのよ」って言う人がいたら、ママは、その人の膝にボクをクッションごとそっと乗せるんだ。
「まあ、まあ、かわいいこと」 ボクを抱っこした人の口元がほころぶのを見て、ボクもママもじわっとしあわせな気持ちになるんだ。感激して涙を流す人もいるよ。
施設のスタッフさんが言ってた。ボクたち犬猫の訪問が、どんな慰問より喜ばれるって。無表情で言葉が出なかった人たちが、笑顔を取り戻し、しゃべるようになるんだって。
しわしわの手がやさしくやさしくボクを撫でてくれる時、言葉なんてなくても、「生きてるんだねえ、いとしいねえ」って気持ちが伝わってくるよ。
セラピー動物って犬がほとんどで、猫はとっても珍しいらしい。ボクはフレンドリーで、おっとりしてて、好奇心旺盛で、健康で、セラピー猫にうってつけなんだって。えっへん。
ママは、10年前から猫の保護活動をやってて、5年前から「ミルクボランティア」も始めた。だから、年がら年じゅう預かり仔猫を抱えて大忙し。
ノラ猫の出産ピークの季節には、あんまり寝てないみたい。仔猫には3時間おきにミルクが必要なんだ。それに、急に熱を出したり、食欲がなくなったりすることもあるから、ほんとに気が抜けない。
大好きなママがダウンしたら大変だから、イチロー先輩もリリ先輩もボクも、せっせとチビっこ育てのお手伝いをするよ。遊んでやったり、舐めてやったり、添い寝してやったり。
「爪は柱でとがないで、爪とぎでとぐこと」とか、家猫としての最低限のマナーも教えてやる。そう、保育園の保育士さんみたいにね!
そんなイチロー先輩もリリ先輩も、拾われた子なんだって。
ボクも、2年前のまだ目が開かない時、靴の紙箱で捨てられてたのを、ママが見つけてくれたの。紙箱に書いてあった「NIKE」という文字をローマ字読みして「ニケ」って名前になったの。
預かりでうちにやってくるチビたちも、ビニール袋で捨てられてた子、多頭崩壊でやってきた子、川原に遺棄されてた子、もういろんなワケアリばっかりなんだ。
みんな、やってくる時は泣き顔だけど、ママにミルクを飲ませてもらって、僕たちと遊ぶうちに、だんだん笑顔になるんだ。
なついてくれたチビたちがもらわれていく時は、ちょっぴりさびしい。
けど、里親さんからのしあわせ便りが届いて、「ほら、あの子がこんなに大きくなったよ」ってママから写真を見せてもらうと、とってもうれしい。
一匹しあわせになるたびに、ママの疲れは羽が生えて飛んでっちゃうんだって。
ボクだって、おんなじさ!ボク、みんなの笑顔が大好きだから、訪問セラピーも保育士も、天職だって思ってる。
あ、また、入園児がやってきた。早く泣き顔を笑顔にしてやらないと。
忙しい、忙しい!
※このエピソードは、本が発行された2018年当時のものです
写真と文:佐竹茉莉子