小森正孝(写真・文)
京都の御所から南西に下った静かな山間にたたずむ十輪寺。850年に文徳天皇が皇后の安産を祈念したのが起こりで、平安時代前期を代表する歌人の一人、在原業平(ありわらのなりひら)が晩年を過ごしたと伝わるゆかりから「なりひら寺」とも呼ばれる。
応仁の乱で焼失した本堂を、江戸時代中期に再建した際に造営された庭園は、高廊下、なりひら御殿、茶室に囲まれ、場所と見方によって印象を変えることから「三方普感の庭」と呼ばれる。その高廊下から茶室を眺めると、サビ柄の猫が寝そべっていた。
「あの子は序音(じょね)(19歳♀)といいます」と副住職の泉浩業さんが教えてくれる。序音を目当てに参拝に訪れる人も多く、人気者らしい。猫の世話をしている副住職の妹さんによれば、30年前に子猫を見つけたのがきっかけで寺で猫を飼い始め、これまでに5匹と縁があったそうだ。もう一匹ヒッコロン(5歳♀)という猫もいるが、こちらは人が苦手でなかなか表に出てこないのだという。
寺猫の今昔を聞いていると、序音がゴハンの催促にやってきた。
「以前は決まった場所で食べていたのですが、歳を取って一度に少ししか食べなくなりました。今は数回に分けて、そのつどいる場所に持っていってあげるのですよ」と、妹さんは笑顔で話してくれた。
しばらくすると序音は高廊下に向かって歩き出す。その床は庭の緑を反射するほど光沢があり、時折立ち止まって庭の様子を眺めて歩く様子は、季節の移ろいを楽しむ歌人のようだった。
「人びとが猫を求めて訪れるのは癒しを求めているからなのかもしれません。家族としては高齢なので健康などの心配もありますが、元気に生きてほしいと願っています」と浩業さんは語った。
夕方に本堂でお参りをしていると、序音が近くに来てくれた。写真を撮らせてくれたお礼を言うと、一瞬目が合って座布団の上に丸くなる。庭には樹齢200年ともいわれる「なりひら桜」という桜がある。その花の下で序音が寝そべる景色はさぞ美しかろう。だから今度は春に訪れたいと思う。
小塩山 十輪寺
京都府京都市西京区大原野小塩町481
TEL 075-331-0154
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Komori Masataka
1976年生まれ、愛知県一宮市出身。大阪芸術大学写真学科卒業。同大学副手として研究室勤務。現在フリーカメラマンとして猫撮影を中心に活動。「2025年 招福! お猫様カレンダー」(アート・プリント・ジャパン)好評発売中。
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