文・写真 堀晶代
ワインの酩醸地が連なる中央ロワール地方のプイィ・シュル・ロワール村で、400年以上も続くブドウ栽培農家の12代目がアニック・ティネル・ブロンデルさん。先代の父が始めたワイン造りを1983年に引き継いだ。女性がワイナリーの当主になることは珍しい時代で、その頃から一緒に暮らし始めた猫がフリブイユ(♂)だ。
「両親も猫が好きでしたが、『自分の猫』として世話したのは初めてで。2ヶ月も経たないうちに、猫という小さくて柔らかく温かな生き物に、すっかりハートの真ん中を射抜かれていました」
16年間生活をともにしたフリブイユが虹の橋を渡ったとき、娘のマラレンヌさんに「猫がいない……」とポロポロと泣かれ、迎えたサビ猫がシャティーヌ(♀)。しかし3年後、近づいてきた犬に怯えて屋根の高くに上ったシャティーヌは、屋根から転落してしまう。そして3週間の懸命な看病もむなしく、旅立っていった。
こんなに悲しい思いをするのなら、二度と猫なんて飼わない。そう心に誓ったアニックさんが近所のチーズ屋に行ったある日のこと。
「チーズ屋で生まれたという子猫が、3匹もいたんです!」。ミャウミャウと賑やかな鳴き声に誓いはグラリと揺れ、チーズを買って家に戻っても、子猫たちのことが頭から離れない。数日が過ぎチーズ屋に行くと、
「今日はどんなチーズをお探しですか?」
「チーズではなく、猫をください」と答えたアニックさんへ、店員が微笑んだ。
「幸運ですね。その子が最後の1匹ですよ」
連れ帰った猫にはシピー(♀)と名付けた。ワイナリーの看板猫となったシピーは、ワインを買いに来る客だけではなく、海外のインポーターたちも一目置く存在に。
「いつからか商談も、『シピーは元気ですか?』という挨拶から始まるようになりました」
シピーは2020年6月に20歳で大往生した。「でも、もう二度と猫なんて飼わないという気持ちはこれっぽっちもなかったです」。SNSなどで積極的に猫情報を探す中、「生まれたばかりの子猫の引取先を探している」と連絡を受けたのが8月。数ヶ月は母猫といっしょの方が良いこと、また秋にはブドウ収穫や醸造という大仕事が待っていることから、11月に子猫を迎えに行くことを決めた。
「コロナが長期化していましたが、冬になる頃には猫を迎えに行くくらいの自由な行動も戻ってくるはず! という期待と希望もあいまって、収穫や醸造中はいつにも増してハイテンションでした」
シピーよりちょっとお茶目な性格というアルヌイユ(♀)は、ワイナリーの前を通る人へ「わたしはここにいるよ~」と、ウインドーからもアピールする。
「なぜなのでしょうかね、猫は人を招いたり、人を惹きつけたり」というアニックさんの横では、孫娘のエレオニーちゃんが当然のように猫を抱えている。ワインも猫も、この一家にずっと続いていくのだろう。
ドメーヌ・ティネル・ブロンデル
Domaine Tinel-Blondelet 58 avenue de la T uilerie 58150 Pouilly sur Loir e
Hori Akiyo
日仏を往復するワイン・ライター。著書に『リアルワインガイド ブルゴーニュ』(集英社インターナショナル)。電子書籍『佐々木テンコは猫ですよ』がAmazonほかネット書店で好評発売中。