博多から車で約1時間、のどかな郊外に佇む一軒家にたいそう仲睦まじく暮らしている猫と犬がいる。茶トラのターコロ(約4歳♂)とMIX犬のアグ(2歳♀)のコンビだ。実はターコロは沖縄県、アグは山口県、そして飼い主の山中直美さんは福岡県と出身地はバラバラだ。本来なら出会うはずのない遠距離のひとりと2匹。どうやって巡り合ったのか、なぜこんなにも親密度が高いのか。奇跡の軌跡をたどってみた。
文・しんしゆか 写真・芳澤ルミ子
野犬を従えた茶トラ、現る
『Dr.コトー診療所』のロケ地で日本最西端の離島、与那国島。山中さんがカナダ留学から帰国した当時、「次はなるべく人が少ない場所に住みたい」と選んだ場所だ。青い空と海がまぶしいこの地で、山中さんは野良犬数頭と徒党を組んで歩く1匹の茶トラ猫と出会った。
やがて犬たちはみんな里親さんにもらわれていったが、猫だけがポツンと1匹取り残された。やけに人懐っこい子だった。
ある日、開けっ放しにしていた玄関から、茶トラが家の中をのぞいている。のぞくだけでは満足できん! とばかりに勝手に家の中に入りこみ、山中さんのベッドで寝るなど、次第に行動はエスカレート。しかし山中さんには思いがあった。
「島での生活も3年経ち、仕事で福岡に引っ越すことが決まっていたので、野良猫は極力可愛がらないようにしていました」
怪我をきっかけに飼い猫に昇格
引っ越しまで日にちが迫ったころ、山中さんは猫同士のケンカで首筋を噛まれた茶トラが、ぐったり横たわっている姿を発見する。首筋から顔まで化膿してパンパンに腫れ上がり、まさに虫の息だった。
与那国島に動物病院はない。見捨てることはできず、山中さんは付きっきりで看病した。すると奇跡的に2、3日でみるみるうちに茶トラは回復した。
もうすぐ自分はここを去る。また次に同じことが起きたら、おそらくこの猫は死んでしまうだろう。山中さんは「ここには残して行けない。連れて行こう!」と覚悟を決めた。
晴れて飼い猫となった茶トラには、去勢手術が待っていた。動物病院で手術申込書に記入する際、山中さんは躊躇(ちゅうちょ)した。それまでずっと茶トラのことを「キンタマコロ」と呼んでいたのだ。
チャームポイントのコロコロした立派なタマタマから名付けたとはいえ、さすがに〝ペットのお名前″欄に書くのは恥ずかしい。山中さんは少し名前をもじり、名前はターコロとなった。
出会いはドンピシャのマッチング
犬と仲よしだったターコロのために保護犬を迎えたい。できれば、ターコロが慣れ親しんだ中型犬がいい。そう考えていた山中さんは里親募集サイトで希望通りの子犬を見つける。場所は本州最西端の山口県。隣県なので車で迎えに行ける距離だった。
子犬がやってきた当日、先住猫のターコロがどんな反応をするのか、山中さんはドキドキしながら見守っていたそう。ストレスにならないだろうか……。
ところが、なんにもなし。ターコロが「シャーッ!」と威嚇することもなければ、子犬が吠えることもない。拍子抜けするほど何も起こらないので、子犬をケージから出してみると、なんと2匹はまるで昔なじみのようにピッタリと寄り添い、ストーブ前で仲よく暖を取っているではないか!
山中さんは子犬をアグと名付けた。「子犬のもこもこした手触り感とムートンブーツが似ていたので、そのブランド名をつけました」。
初対面以来、ずっとターコロとアグは和気あいあいだ。今ではすっかり大きくなった中型犬のアグだが、相変わらずターコロと取っ組み合ったり、追っかけ合ったり。寝るときもお互い横にぴったりくっついて眠る。
「アグが夢を見て、たまに寝言で〝ワン!″と鳴くんですが、そんな時はいつもターコロが心配してアグの頭を舐めてあげていますね」
また、ターコロが抜歯手術をして帰ってきた時には、麻酔でふらついているターコロのあとをアグがついて回って、優しく顔を舐めあげていたという。
「普段アグがターコロを舐めることはないんですが、心配だったんでしょうね」。
初めて出会った時から一蓮托生とでもいうように、2匹は太い絆で結ばれているのだ。
2匹が呼び起こした芸術魂
インスタグラムではターコロとアグの仲よし動画が日々アップされ、フォロワー15万人越えの人気アカウントになっている。そして、山中さんにはもう一つ、2匹をモチーフにしたアクリル画をアップしているアカウントもある。
「ターコロとアグを見ていると創作意欲が湧いて、再び絵を描くようになりました」。美術系の大学出身の山中さんが描く2匹の絵は、美的センスはもちろん、愛と優しさにあふれた作品だ。インスタを見たギャラリーからの誘いで個展の開催も決まった。
ターコロとアグ。距離と種を超えた出会いは、新しい世界へと導いてくれる奇跡でもあるのだ。