中央ロワールに位置するサンセール村は、高品質なワインとチーズの宝庫。2021年には、フランスで絶大な人気を誇るテレビ番組「フランス人が選ぶお気に入りの村」で、1位の栄光にも輝いた。
観光客が増え始める初夏のサンセールで、在住する友人夫妻に「地元でいちばん評判のレストランを教えてほしい」と尋ねると、
即答で「猫」。えっ、猫!?「ここから車で15分くらいのヴィルショー村にある、猫っていう名前のレストランです。猫もいます。ぜひ、いっしょに行きましょう!」。
レストランに到着すると、看板名はシンプルに「猫(Le Chat)」。店内にはボーリングのピンのようにワインボトルが並び、その間に猫のオブジェが絶妙に収まっている。料理とワインは「地元でいちばん」という言葉通りで、しかもユーロ高に悩み続けた筆者にとって、財布に優しい。ディナーを終え、夏の長い日が沈んだ頃、友人夫妻が「そろそろです。シェフが挨拶に来ます」とスマホを手にした。
シェフが来た。猫を肩に乗せて。「私の肩が、この子のお気に入りだから」。きっとこの風景は、常連客たちにとってお馴染みなのだろう。美味しいディナーで満足した客たちと、ひと仕事終えたシェフとの間で、空気がフンワリと緩む。
シェフの名はローラン・シャローさん。大聖堂で知られるパリ南西部のシャルトルに生まれ、シャルトルや、パリで「ビストロノミー( 高級店とは違うビストロの魅力)」を知らしめた名店で活躍した。そして2008年に奥さま・ナタリーさんと現在の「猫」を
オープンする際に、いくつもの驚きがあったという。
レストラン自体は代々のオーナーが変わっても、つねにヴィルショー村にあったが、まずは場所の呼び名が1856年から「猫」。店の前にある広場の正式な住所も「猫広場(Place duChat)」で、もともと「猫へのビストロ」と呼ばれていたことが起源のようだ。またパリで働いていた名店も、「最初の名前を調べ直すと、『動かぬ猫』でした。猫が動かないくらいに、居心地の良い場所だったのかと」。
そんなお店を猫が見逃すはずはない。10年前に自然と「うちの子」になった猫は、パンの仕入れから戻ってくると、いつも「おかえり」と迎えに来たらしく、とくに猫に関心はなかったナタリーさんすら、好きになってしまった。その猫が虹の橋を渡った翌年に娘さんから譲られたのが、今いる2匹だ。
「トリップアドバイザーのコメントが、『ディナーの締めくくりに、猫が降臨した!』だったことも」
たしかに。片づけ中のテーブルにあるワインクーラーの水を、猫は気ままに飲みに来ているだけなのだが、まるでアンコールの幕
が開いたとき、喝采を浴びる女優のように美しいのだから。
(文・写真 堀晶代)
Hori Akiyo
日仏を往復するワイン・ライター。著書に『リアルワインガイド ブルゴーニュ』(集英社インターナショナル)。電子書籍『佐々木テンコは猫ですよ』がAmazonほかネット書店で好評発売中。
Restaurant le Cha t
42 bis rue des Guérins-Villechaud 58200
Cosne Cours sur Loir e