広報部長はおんぶ猫! わたなべ花壇のちび

ちびに乗られているのは「ふくてん」こと副店長

 

福岡県と熊本県の県境に、日本の近代化を支えた三井三池炭鉱の施設の跡地、万田坑(まんだこう)がある。
「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産に登録された有名な場所だ。そこから1kmほど離れた園芸店に、TV番組の珍百景に登録された〝おんぶ猫〞がいるという。人の背中ですりすりする動画がSNSで大バズリしたちび、9歳の女の子だ。今は相棒のなずな(2歳♂)とともにお店の二枚看板で活躍中。文字通り人を尻に敷く看板猫誕生のいきさつとは?

文・しんしゆか  写真・芳澤ルミ子

 

ちびの特徴は、コアラのような鼻、微妙に小さい耳、みっちみちの白い毛、ところどころのキジぶち模様。
パッと見、九州名産の「やぶれまんじゅう」だ

 

シャーシャー子猫、現る

創業70年の「わたなべ花壇」は、体育館くらいの花卉(かき)農場※に併設された老舗の花屋さん。ちびが暮らしているのは、花と苗木がずらりと並ぶ店内のラッピング室。お客さんに、大好きなお尻ポンポン叩きをせがむほど人懐っこい看板猫兼広報部長だ。
「ちびは途中から性格が変わったんです」と店長の渡辺さんは言う。「それまでは警戒心が強くて臆病で、逃げたり隠れたりする
コでした」。

※観賞用に栽培する植物のこと

2014年秋、農場に子猫がぽつんと現われた。右ほほの下に3cmほどぱっくり割れた傷がある。捕まえようと近づくとシャーシャー威嚇しダッシュで逃げる。そのうち毎日ごはんを食べに来るようになったが、人を拒む姿は相変わらず。農場周辺には野良猫もいる。避妊するなら早いうちにと、年明けに虫取り網で捕獲した。が、時すでに遅し。ちびは妊娠していたのだ。ひとまずちびが安全に出産・子育てできるよう、スタッフは農場のビニールハウスに木製のねこハウスを設置。2ヶ月後、産まれた4匹の子猫に里親が決まって、ちびは避妊手術を受けた。術後もそのまま農場に居ついたちびは、次第に心を開くようになったそう。当時はまだスタッフ限定だったが、「少しずつ慣れてきて、触れるようになったんです」。

 

地域の人だけでなく、遠方からのお客さんも多い。 ちびをお店で飼うようになってから、
「うちも猫を飼っていて……」と常連さんと猫談義も。お客さんとの距離が一気に縮まったとか

 

献身的看護で甘えんぼうに

2017年夏、出勤してきた渡辺さんは驚いた。ちびの顔がパンパンに腫れ上がり、おでこに2つ、穴が開いている。すぐに動物病院に連れて行ったところ、なんとちびがマムシに噛まれたことが判明。脱水症状もあったため、治るまでお店で療養することになった。

 

店長はだっこ係。ふくてんさんはおんぶ係と、
ちびは自分なりに担当を決めているらしい

 

元気を取り戻したちびは農場暮らしを再開。療養中にお世話するスタッフの献身的な姿が、ちびのハートに火をつけたのだろうか。ちびはガラッと一変、大の甘えんぼう猫に変身したのだ!

農場で作業している時にまとわりつくのはもちろん、体によじ登ってすりすり。たまたまスタッフが作業で腰をかがめた時にポンとおぶさってきたのがきっかけで、それ以来、ちびは「そうして当然!」とでもいうように、背中に飛び乗るのがおきまりのパターンになった。ちびの住まいが農場からお店に移った今も、それは変わらない習慣で、閉店時間が近づくと店長やスタッフの背中にぴょんと飛び乗り、背負われながら店内をぐるぐるパトロールするのだ。

 

今ではお互い毛づくろいするほど仲良しな2匹。かと思えば取っ組み合いも

 

「巨大食道症」から生還したなずな

一方、なずなは2021年初夏、近くの会社の屋根裏で産まれ保護された。当時、ガリガリにやせ細り、ミルクも飲めなかったそう。動物病院の診断は「巨大食道症」。食道が拡張し、拡張部分に食べものが詰まって胃に送り込めず、吐き戻す病気だ。獣医師から治療法はないと伝えられたという。

 

ふくてんさんが少しでも腰をかがめると「スキあり!」とばかりに背中を駆け上がる

 

しかし、スタッフはあきらめなかった。店長の渡辺さん、スタッフのちー坊さん、農場担当の野良爺(のらじい)さんは、閉店後3人持ち回りでなずなを自宅に連れ帰り、必死に看病した。30分かけて口からシリンジで少しずつ流動食を与えたあと、食べものを胃へ送り込むため、さらに30分間なずなの上体を起こしたまま抱っこし続ける。

1日6回×1時間、ごはんやりだけで計6時間を費やし、介護記録を綴ったノートは全8冊になった。のちに胃ろうで栄養補給ができるようになり、なずなはみるみるうちに元気を回復。成長とともに巨大食道症は完治し、今では立派な体格の茶トラとなった。

 

巨大食道症を乗り越えたなずな。おなかには胃ろうのあとが残っている

 

待望のちびとの顔合わせでは、大人のちびが子猫のなずなを怖がっていたという。それでも時間が経つにつれて距離は縮まり、今では取っ組み合いするほど仲良しだ。

 

元外猫とは思えないほど甘えんぼうのちび。ふくてんさんを尻に敷いてうっとり

 

もふもふの可愛さに首ったけ

X(旧Twitter)にアップしたちびの動画が100万回再生され、TVでも取り上げられると「ちびをひと目見たい」「ちびに会いに来ました」という県外からのお客さんが増えた。「ちびの毛は密でふかふかなので、よくお客様から、『シャンプーは週に何回ぐらいですか? 』と聞かれます。実は一度もお風呂に入れたことはないんです。そう見えないくらい白くて、もちもちでしょう?(笑)」

お店で飼うようになって、ちびはぐんと甘え上手になった。「ちびは人の空気を読みますね。忙しいときは仕事の邪魔はせず、お客様が途切れるとおやつやお尻たたきをねだりに来たり、おぶさったりしてくるんです。本当にいいコですよ」。渡辺さんはメロメロだ。

「作業中に背中に飛びついてきても、可愛すぎて降ろせなくて。担いだまんま花束を作ったり、掃除したり、事務作業したり。腰にくるんですけどね(笑)」。

閉店時間が近づくと、ちびの甘えたがりはピークになる。ラッピング室の仕切りドアを開けた途端、ちびは陳列室に飛び込んで、あと片づけをするスタッフの背中に駆け上がり、背負われて店内を散歩する。ちびが大好きな人たちと一日を終える大事なルーティン。それはスタッフの至福の時間でもあるのだ。

 

保護活動自体はしていないものの、
農場の周りの野良猫たちには避妊去勢手術をしているそう。
お店は、猫を保護した人と里親希望の人のお見合いの場にもなっており、
里親募集のお手伝いにひと役買っている

 

わたなべ花壇 福岡県大牟田市桜町27
TEL 0944-53-3736
営業時間:10:00~18:00
定休日:第1・3火曜
X(Twitter):@ZrsLC7rxiYnbSJj
Instagram:watanabekadan
ブログ:http://watanabekadan.blog.fc2.com

-猫びより