写真・文・米山真人
本誌2020年5月号でも紹介した嘉例川駅の初代観光大使にゃん太郎。サービス精神旺盛で包容力たっぷり、優しげで愛嬌に溢れたタヌキ顔のシニア猫は多くの人に親しまれた。そんなにゃん太郎の跡を継いだのは、あどけなさが残る若くてマイペースなメス猫だった。
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おてんばな2代目
鹿児島県霧島市の山間にたたずむJR肥薩線の嘉例川駅。駅舎は明治36年の開業時に建てられた木造建築で、国の有形文化財にも登録されている。地域活性の担い手だった観光大使「にゃん太郎」が天国へと旅立って2年。後を継いで22年3月に就任したばかりの2代目観光大使「さんちゃん」に会いに出かけた。
その日は五月晴れの休日で、レトロな嘉例川駅をひと目見たいという観光客で賑わっていた。さんちゃんは辺りを歩き回っては「撫でてちょうだい」と言わんばかりに観光客の前でごろりと寝転んでお腹を見せている。ところが、食事が終わってお腹がいっぱいになるとまったりと睡眠モードに。
突然じゃれついたかと思えば、そっぽを向いてどこかへ行ってしまうこともあり、まだ子猫のあどけなさが残る天真爛漫なおてんば娘だ。この日も人が多くなるといつの間にか姿が見えなくなり、どこへ行ったかと思えば駅のはずれの茂みでゴロゴロと転がっていた。
突然じゃれついたかと思えば、そっぽを向いてどこかへ行ってしまうこともあり、まだ子猫のあどけなさが残る天真爛漫なおてんば娘だ。この日も人が多くなるといつの間にか姿が見えなくなり、どこへ行ったかと思えば駅のはずれの茂みでゴロゴロと転がっていた。
「さんはまだまだ研修中ね。初めて来た時は小さくて痩せていたのにすっかり横に大きくなっちゃって!」 そう話すのはさんちゃんのお世話をしている山木由美子さん。嘉例川地区活性化推進委員会の委員長を務め、四季折々のさまざまな催しを企画しながら過疎化の進んだ地域を元気にしてきた。
にゃん太郎の思い出
さんちゃんが駅に住み着くようになったのは2021年の秋。最初の頃はまだ小さくて猫用ミルクをあげていたが、少し大きくなってキャットフードをあげるようになると、みるみる大きくなっていった。
嘉例川駅に停車していた観光列車「はやとの風」が22年3月に運行を終了することになり、寂しくなる地域の活性化に一役買ってもらおうと、山木さんはさんちゃんを観光大使に推した。はやとの風のラストランにあわせて2代目観光大使がお披露目されると、新聞やニュースでも紹介されて一躍人気者になった。
「さんはマイペースだけど若くて健康だから安心。にゃん太郎は腎臓が良くなかったからね……」
先代の観光大使にゃん太郎もまた、いつの間にか駅に住み着いていたところを山木さんが面倒を見るようになった。 晩年のにゃん太郎は体調を崩したこともあって体調を見ながらの勤務で、駅に通う日は何をするにも山木さんと一緒だった。
出会いから腕の中で息を引き取るまでの5年近く、にゃん太郎との思い出話は尽きない。 にゃん太郎はとても愛想がいい猫だったので、接客を頑張りすぎて疲れてしまうことがあった。
その点さんちゃんはマイペースでストレスを溜めにくい性格のようなので、元気に続けられそうだと山木さんは安心している。
子猫がやってきた
さんちゃんの成長が気になる僕は、5月に続いて10月にも嘉例川駅に降り立った。
すると見たことのない3匹の子猫たちが、あたりをぴょんぴょんと飛び回っていた。「うるさいわねえ」と言いたげなすまし顔のさんちゃんは年頃のお姉さんのように見えた。山木さんは迷い込んできた子猫たちのお世話をしながら里親を募っているという。
以前は駅でのんびり過ごしていたさんちゃんだが、子猫たちが来てからは食事の時以外はあまり駅にいないそう。数日姿を見せないこともあったという。
この日も食事の時間になっても現れない。集落を探し回ると、民家の軒下で丸くなっていた。心なしかむくれているように見える。
以前は駅でのんびり過ごしていたさんちゃんだが、子猫たちが来てからは食事の時以外はあまり駅にいないそう。数日姿を見せないこともあったという。この日も食事の時間になっても現れない。集落を探し回ると、民家の軒下で丸くなっていた。心なしかむくれているように見える。
「さんちゃんの駅だよ、お母さんが心配しているよ」
声をかけたらとぼとぼ駅へと歩き始めた。小さい頃は一人ぼっちだったさんちゃん。ようやくできた居場所を取られてしまうと思っているのかもしれない。それは耐え難いことに違いない。
駅に着くと、
「どこへ行っていたの!」
山木さんに抱きしめられる。さんちゃんはやっぱり嬉しそうだ。心配とは裏腹に愛に包まれている。
地域の人たちに愛されて
無邪気な子猫たちも「大きなお姉ちゃん」に興味津々である。秋も深まり朝晩の冷え込みが厳しい日も多い時期、寝床を譲ってあげているところをみると、やきもちを焼きながらも心の底では子猫たちを思いやっているのだろう。
はしゃぐ子猫たちを尻目にすまし顔のさんちゃん。いじけているように見えて、いつの間にやら駅の主としての風格を醸し出しはじめているようだ。ふくよかになってどこか先代・にゃん太郎のたぬき顔に似てきた。
散歩についていくと集落の人たちが「さんちゃん!」と声をかけ、すれ違った車のドライバーはスピードを落として様子を見守っていた。
山木さんによれば「どこそこでさんちゃんを見かけたよ」と、いろいろな人が教えてくれるそう。集落の人たちに可愛がられてまさしく「地域猫」だと目を細める。
2023年1月には嘉例川駅開業120周年のお祝いのイベントが企画されている。2代目観光大使としての晴れ舞台。さんちゃんの成長ぶりがいっそう楽しみだ。
米山真人
1977年埼玉県川越市生まれ。
2005年よりフリーランスカメラマンとして建築、舞台、鉄道を中心に撮影。特に鉄道写真は全国各地の地方鉄道を精力的に取材し、『エヌ』(イカロス出版)、『旅と鉄道』(天夢人)などに掲載する他、写真展も開催。現在『旅と鉄道』でローカル線を中心に駅に住む猫たちを取材した「ねこと鉄道」を連載中。