ケンジの浜のTNR

写真家・土肥美帆さんのSNSで紹介されるや、8.4kgの堂々たる巨体と、愛嬌のあるおおらかな顔立ちと性格で多くの猫好きを虜にした北海道・小樽のケンジ(7歳オス)。人気者になっていったのと同じ頃、彼がボスを務める漁港では、猫たちのTNR※が円満に進められていました。成功の秘訣は、人を思いやる心と信頼関係にあったようです。

※TNR…T(Trap:捕獲器で捕獲すること)、N(Neuter:不妊手術)、R(Return:元の場所に戻し、適切な管理のもと一代限りの命を見守ること)
 

漁師のそばに猫あり

ボス猫ケンジ(中央上)と仲間たち

ケンジとの出会いは2018年冬。

小樽の漁港でケンジは漁師さんと沢山の猫の仲間たちと暮らしていました。漁師さんにとって猫には昔からなくてはならない役割がありました。漁具となる網をネズミの被害から守るのと同時に、出荷できない魚を食べてくれ、日々の生活の中で心を和ませてくれる……。昔からいつも漁師さんのそばには猫がいました。

当時は4世帯の漁師さんが漁業を営んでおり、4軒の家で猫の面倒を見ているという状況で、今より沢山の猫たちが浜で暮らしていました。

漁師小屋が猫の家。冬は薪ストーブでぬくぬくライフ

漁師のおじいちゃんと愛猫きっこちゃん。漁具をネズミから守るため飼いはじめた猫。ネズミを捕らなくてもきっこは大切な存在

我が子と対面するケンジ。「オレの子だべか?」

ここの浜の猫たちは絶対に魚を勝手に食べたりしません。漁師さんからもらった魚しか口にしないお行儀のいい猫たちです

しかし、高齢化に伴い2世帯が廃業し、また若い世代の漁師さんは1世帯という状況となり、ケンジの住む浜も猫の全頭不妊手術をする運びとなります。

TNR並びに猫の譲渡は漁師さんが主となり、浜の猫を愛する有志で行うこととなりました。その際、小樽市の保健所の方々も相談に乗ってくださり、現地まで足を運び、ケージの貸出、里親探しのアドバイスなど、心強いサポートをしてくださったことは、大変ありがたく、正直「保健所がここまでしてくれるんだ」と驚いたほどでした。

また有志の方々が、漁師さんの意向を聞きながら、陰となり日向となり手厚くサポートしてくれました。

2022年春、ダッシュがTNRの大トリでした。これからはみんな元気で長生きしよう。漁師さんと猫はこれからも仲間!

小樽市保健所がTNRの際に貸し出してくれた2階建ての立派なケージ

スーパーのカゴがケンジのキャリーバッグ。春の健康診断で健康優良児の太鼓判をいただきました

 

地元の人たちを尊重

猫応援隊長のオガちゃん。猫を愛する人がケンジの周りには自然と集まります

猫の保護活動についての大きな課題は、お金の問題、里親探し、猫への理解の相違などが挙げられるかと思いますが、お金の問題は行政枠チケット※、また有志の方々からの援助により解決。私もケンジグッズの売上で援助させていただきました。

里親探しは有志の方々のサポート、地元のミニコミ紙「猫の事務所通信」への掲載、保健所の掲示板を活用。

猫への理解の相違については、有志の方々、保健所の方々が地元の方(漁師さんたち)の意思を尊重し、まずは漁師さんと信頼関係を築けたことが大きかったと思います。それぞれが「猫のためにできることありますか?」と声をかけてくださり、スタートしたTNRですが、一度も荒波が立つことなく課題に取り組むことができました。

漁師さんにとって古い風習の猫との付き合い方を変えるのに、時間が必要だと思いますし、TNRは自らが決めて、主役になって進めてもらうのが大事だと思います。お互いが歩み寄りながら、猫のためにも人のためにもなるようなあり方を模索できたのは、関わった方々が猫のことだけではなく、漁師さんの生活や思いも含めて考えてくれたからだと感じています。

桜耳のおっぱ。可愛くカットしてもらったよ

※「さくらねこ無料不妊手術」の一環として、公益財団法人どうぶつ基金が登録する地方自治体に配布する手術チケットで、飼い主のいない猫の不妊手術費用をどうぶつ基金が負担する。

 

北風ではなく太陽に

浜の長老トラばあさん。みんなトラばあさん目指して長生きするよ!

私自身も撮影するにあたり、まずは郷に入りては郷に従うこと、もし猫に関して意見などがある時は、北風ではなく、太陽であることを常に心がけていますが、ケンジの浜のTNRが順調に進んだのは、皆が太陽であったおかげだと感じています。

今は全頭、避妊去勢の手術をして、それぞれの漁師さんの家の中で過ごすことができ、病気になる子や怪我をする子たちも格段に減りました。

これからは猫の健康に気を配りながら、漁師さんの猫として一日でも長く健康で元気に、共に暮らしていってほしいと願っています。

有志の一人である、「猫の事務所」の代表高橋明子さんのお言葉、「どんな時も楽しく猫と付き合いたい」その言葉が心に残っています

 
文・写真 土肥美帆
北海道生まれ、滋賀県草津市在住。2014年より北海道・小樽で生きる猫たちの姿を撮り続けている。2016年JPS展文部科学大臣賞。2017年ニッコールフォトコンテスト大賞 (モノクロームの部)。2015、16年岩合光昭ネコ写真コンテストグランプリ。2016、17年滋賀県写真展覧会芸術文化大賞。2015、17年京都現代写真作家展琳派400年記念賞準大賞。 2019年大阪ニコンギャラリーにて個展「北緯43度」を開催。写真集に『北に生きる猫』。2022年8月にケンジの写真集『みんなケンジを好きになる』(ともに河出書房新社)を出版予定。

-猫びより