この世界片隅で、ネコ。EP:76「しらたまちゃん」

この町の中心街に昭和へタイムスリップしたような古い小さな通りがある。

その通りに「orange」という雑貨とカフェのお店があった。

店内には小さなカウンター、奥にはテーブル席。ところどころに綺麗な雑貨や装飾が飾られていおり居心地が良い。

お店の隣にある「橙書店」という小さな本屋も同じ店主さんが経営されている。

そのorangeにかわいい猫がいるという噂を聴きつけ訪れたのはもう8年前だろうか。

"しらたま"というその名の通りの白い猫が、雑貨の布小物の上ですーすー眠っていた。

直感。あ、とても素敵な猫だ、僕は心を撃ち抜かれてしまった。絶対にまた来よう、こうしてorangeへ通う日々が始まった。

しらたまちゃんは気品があって落ち着いている。嬉しそうに珈琲を飲んでいるお客さんには明るい表情を、悲しくちびちびビールを手酌してる人には静かに寄り添う。まるで人の心がわかっているようだ。

僕は店主さんに気づかれないように、しらたまちゃんにボソボソと悩み事を打ち明けていた。

しらたまちゃんは、そうだね、わかるよわかる、という表情をして話を聞いてくれた。

バーのマスターみたいだ。ちなみにどんな悩みだったかは秘密だ。

そんな完璧にも見えるしらたまちゃんにも苦手なものがある。それを知ったのは大きな祭りの日。中心街一帯には太鼓の音が大きく響いていた。

orangeを訪れるとしらたまちゃんがいない。店主さんに聞くと太鼓の音にひどく驚いていたそうで…つまり今日はお休みだそう。ああなるほど、太鼓の音か。たしかに雷鳴の様なあの音は猫には厳しいものがある。

数日後、久しぶりのしらたまちゃんは普段どおり。僕は珈琲を注文し、店主さんのいない間にヒソヒソ話。

『太鼓の音、怖かったの?もう大丈夫だよ、お祭りはお終い』

そう話しかけると…なぜかプイッと横を向き奥のテーブル席の方へ行ってしまった。

おーい…ああ、どうやらプライドを傷つけてしまったらしい。その日から、しばらくしらたまちゃんに無視されてしまった…ごめんよ。

そんな楽しい思い出が詰まったorangeだが、熊本地震で移転を余儀なくされてしまう。しらたまちゃんも地震が怖かったそうで、しばらく姿を隠してしまったそうだ。

そして。

とてもお洒落で綺麗な新"orange"。しらたまちゃんは"会長"としてたまに"重役出勤"しているそうだ。

しらたまちゃんには再会できていないが、会えたら何を話そうか。それを考えるだけでとても楽しい。

だけど、太鼓の話題は禁物だ。

TEXT&PHOTO/KENTA YOKOO

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