この世界の片隅で、ネコ。EP:53「ボスの定年」

「ボスの定年」

現在は橋のたもとで暮らす、長屋のボス。

いや、元ボスか。

彼は支配していた長屋を突然出奔し、周囲を驚かせた。別に誰かに負けた訳ではないのに、なぜ。

もともとかなりの乱暴者だった。常に子分を従えて長屋近辺をうろついていた。
新参者には容赦なく力を誇示して独裁政権を維持していた。

そんな彼が、なぜ。

ただもう彼もかなり歳だ。若い頃は陽当たりの良い屋根の上で日向ぼっこして暮らしていた。

が、屋根へ上るのも億劫になったのか最近は地上か、せいぜい駐車場のトタン上にいることがほとんどだ。

要するに、もう若くない。新しく台頭してきたリーダー格に猫パンチをくらいそうになった時、イカ耳になったのを見た。

もう、喧嘩で勝つ力も、そして気力もないのかもしれない。

そうして消えるように長屋から去ったのだ。

元ボスが橋のたもとにいるのを見つけたのは出奔してから3ヶ月くらい後、ただの偶然だった。

彼は僕の顔を見ると、向うから近付いてきた。よお、ひさしぶりじゃないか。お互いそう思った(はずだ)。

それから堤防に再度上がり、傾いてきた太陽の光を一身に浴びた僕ら。もちろん言葉は交わせないが、なにか分かり合える気がした。

"もう歳だよ、定年定年。"

彼はそんな風に伝えようとしていたかもしれないが、あえて目を合わせなかった。
そして陽が落ちた頃、彼が突然、膝へ乗ってきた。

"これからは、こんな風にして甘えるのも悪くないね"

虚勢をはり、闘い続けた日々。僕はポンポンと頭を叩き、

「おつかれさま」

そう言って彼の第二の人生が幸多からんことを心から願った。

text&photo/Kennta Yokoo

-コラム
-, ,