ウギャーちゃんは、後期高齢猫。外猫時代の事故のため、満身創痍だけど、やさしい人のそばで穏やかに年老いていきます。
こうして毎日、ぬくぬくして部屋ん中で暮らしているけどさ、あたしゃ、外猫生活がうんと長かったの。
そうねえ、12年以上は外で暮らしたかしらね。いろんな人に情けをかけてもらって生きてきた。ご飯もいろんな人がくれたし、冬の寒い夜は、泊まらせてくれる家もあってね。この町では邪険にする人もいなかったよ。ノラをやるには、いい町だったねえ。
4年前のあの暑かった日は、駐車中の車の下でうっかり寝入っててね、動き出した車に轢ひかれちゃったんだよ。「ウギャア〜〜」って叫んで、必死で植え込みまで這っていった。
次の日に、植え込みの中でへたばってるのを、いつも声をかけてくれるマユミさんが見つけてくれた時は神さまのように見えたよ。
動物病院に運び込まれて、「骨盤骨折」で2か月も入院してリハビリし、ガニ股でなんとか歩けるまでに快復したのさ。
「ウーさんは、もう外には戻せないね」
そう言って、マユミさんがアパートの部屋に入れてくれたのさ。
あたしゃ、若い時からこの野太くて低い「ウギャ〜」って鳴き声なんだよ。それで、マユミさんはあたしを「ウギャー」って名づけて、「ウーさん、ウーさん」って呼ぶの。
マユミさんちには先住のメス猫が二匹いてね。サバ白の「まる」は、暴風雨の夜にマユミさんのお母さんに「行くとこないなら、うち来る?」って声をかけられたんだって。
「お父さんの介護中だから、ダメじゃん」って最初は猛反対した弟が、飼うことが家族で決まると「トイレが要る」って、買いに走ってくれたんだとさ。
真冬に自転車カゴの中で、母子で身を寄せ合ってたのをマユミさんに保護してもらったのが、サビ猫の「プティ」。子どもたちはいっしょにもらわれていったそうだよ。よかったねえ。痩やせて小さかったから、「プティ」って名になったのに、今じゃ、堂々たる猫さ。
そうそう、こんなこともあった。北海道で働き始めた弟が里帰りしてさ、友だちの家に遊びにいったら、その友達が言うんだって。
「うちの母さん、かわいがってたノラが来なくなって、元気失くしてるんだ」
それで、弟が言ったさ。
「その猫なら、姉ちゃんが病院に運んで、今、うちにいるよ」
マユミさんがあたしを連れてったら、友だちのお母さん、涙を流してよろこんでくれた。あたしも懐かしかったよ。
マユミさんは、猫たちに出会うまで、自分の給料はブランドものやら、ロックバンドの海外公演やらにつぎ込んでいたのに、今じゃ「猫のためなら、お金は全然惜しくない」って、すごく質素になったんだよ。
あたしのあとに来た茶サビの「チャリ」は、マユミさんの職場近くの工事現場の自転車置き場にいた子だった。外暮らしが長く、夏は毛がはげ、冬は風邪ばっかりひいてたとさ。
マユミさんは、そんなチャリに、年末年始も薬を飲ませに通ってた。去年の夏、「この子も年だしなあ」って思ったら、たまらなくなったらしく、連れ帰ってきたの。
マユミさんは、行きずりの衰弱した猫にも、手を差しのべる人さ。運び込んだ病院でそのまま亡くなってしまった猫もいるけど、お骨を家に置いて供養してるよ。
どんなにつらいノラ生活を送ってきたとしても、短命だったとしても、最後にあったかい「終の住処」が見つかった猫はしあわせだったに違いない。家猫だってノラだって、穏やかに年をとって、静かに旅立ちたいという思いは同じさ。
最近も、顔面傷だらけだった茶色の子がやってきた。でも、この若造には脱走癖があって、マユミさんも手こずってる。
あたしときたら、事故の後遺症であちこち悪くてね。慢性腎不全だから、毎日、マユミさんに数種類のお薬や栄養剤をシリンジで飲ませてもらい、点滴もしてもらってる。
骨盤の位置がずれてるから、ウンチが詰まった時は、ゴム手袋をして掻きだしてくれるの。ウンチが固まらないよう、お腹もマッサージしてくれる。ついでに、足のマッサージもね。もう至れり尽くせりさ。
もういつ空の上に戻ってもいいんだけど、あんまりマユミさんのそばが心地よくてね。マユミさんもあたしが旅立ったらガクッときちゃいそうで、もう少し、もう少しと、頑張ってるのさ。
この穏やかなしあわせの中で、ふっとある日、旅立ちたいねえ。「旅立つにはもってこいの天気」と思えた朝にでもね。
※このエピソードは、本が発行された2018年当時のものです
写真と文:佐竹茉莉子