サビ猫の楓ちゃんは、自転車置き場暮らしから、保護猫カフェへ。ひっそりとケージの中にいる楓ちゃんの写真に一目ぼれをしたのは……。
アタシ、楓。 2歳くらいまで、駅の裏の自転車置き場の陰をうろついて、夜は自転車のカゴの中で寝てた。歩く時、ちょっと体が揺れるの。
「お外で暮らすのは、この子には酷すぎる」って、ボランティアの人が、保護猫ラウンジに里親探しを頼んでくれたの。
そんなアタシの写真をラウンジのホームページでたまたま見て、「かわいい……」ってため息をついてくれた人がいた。それが、今のアタシんちのパパ。
パパは、地域猫活動の支援を続けてて、ずっと「猫を迎えたい」と思っていたんだって。
だけど、家族にはそのことをなかなか言い出せなかったんだって。長男のヒズキくんが猫アレルギーで、奥さんは猫が怖くて触れない人だったから。
ヒズキくんを誘って保護猫譲渡会に行ってみたら、ヒズキくんに症状は出なかった。「いけるぞ」って、パパは思ったわけ。
里帰りしてたママが羽田に着く日。
「みんなで迎えに行くよ」とやけに親切だったパパは、「ちょっと寄るところがある」と、かなり離れた保護猫ラウンジまで車を走らせた。
アタシに会えば、ゼッタイみんなは気に入る、っていう自信があったんだって。
長女のハルカちゃんは「確かに楓ちゃんはかわいい。だけど、他の子もみんなかわいい」って思ったって。
でも、パパは、もうアタシしか目に入らなかったの。
ラウンジからのOKも、ママからのOKも出ていないのに、パパの注文したキャットタワーや猫ベッドや猫トイレが続々おうちに到着。そんなパパの熱意にママも負けたの。
パパは、アタシを迎える前、ラウンジへのメールにこう書いたわ。
「足先の欠損や右目がよくなる治療など、楓ちゃんのためになるのであれば、してあげたい。そうでなければ、今のままの楓ちゃんで十分だと思ってます」
パパは、ハンディがある猫だから可哀そうだとかいじらしいとか思ったんじゃなくって、ハンディもひっくるめて、アタシのすべてがかわいいと思ったんだって。
「膜がかかってる右目はきれいな緑色だし、先の欠けてる右足も個性のひとつだよ」って。
うれしかった。猫同士だったら全然気にしないことを、ニンゲンってよく「不幸な猫」とか「可哀そうな猫」ってレッテル貼るから。
アタシ、ビビリで恥ずかしがり屋だから、すぐにはなつけなかった。
でも、この頃は、パパが帰ってくると、玄関まで走って行って、足元で「あうーん、あうーん」って甘えるの。アタシ、走るの、けっこう速いのよ。
アタシが暮らしやすいように、パパはステップやら椅子やら、いろんなものを手作りしてくれる。空気清浄器を3台置いてるから、ヒズキくんもアレルギーを発症してないわ。
ハルカちゃんは「今になってみれば、うちの子になる運命の子は楓ちゃんしかいなかった」って言ってくれるし、ママは「楓ちゃんがしあわせそうにゴロンゴロンしているのを見てるだけでかわいい」って。
パパのお仕事は、子どもの命に関わる救急の医療現場。だから、よく知ってるの。すべての命に個性があって、平等で尊いってことを。
※このエピソードは、本が発行された2018年当時のものです
写真と文:佐竹茉莉子