「猫好きが集まるサイトを開いて、人と猫のしあわせな共生をめざします。毎週1回、ブログを書いてみませんか」
神戸の通販会社フェリシモさんから、そんな声をかけていただいて、7年がたちました。
タイトルを「道ばた猫日記」としたのは、道ばたにいたことのある、または、今も道ばたで暮らしている猫たちが、穏やかな日々を過ごせますように、との思いからです。
猫たちの物語をありのままに紹介することで、その猫を見守る町や村、寄り添う人々の物語をも紹介する形になっていったのは、ごく自然なことでした。
2015年春には、ブログから22匹を選んで、『しあわせになった猫 しあわせをくれた猫』という本が生まれました。2017年春には、ブログで反響を呼んだ里山暮らしの全身マヒの猫「さっちゃん」と仲間たちの日々をまとめた『里山の子、さっちゃん』という本が生まれました。
この本は『しあわせになった猫 しあわせをくれた猫』の続編ともいえますが、さらに個性的な猫たちを選び、すべて猫自身の語り口としました。事実は誇張なくありのままですが、猫の気持ちは私が代弁しています。
猫たちが語るそれぞれの愛情物語を、どうぞ聞いてやってください。
佐竹茉莉子
ひとりぼっちでお腹を空かせてうずくまっていた白い仔猫。「どうしたの」と声をかけてくれたのは、やさしいお兄さんでした。
「モコ、お散歩に行くよ」
今日は土曜日で、マサキお兄ちゃんはお仕事がお休み。アタシは大好きなお兄ちゃんの腕の中で、家のまわりの景色を楽しむの。
「ニャ、ニャ(今日は空が青いね)」
「ニャ、ニャア(あの葉っぱの匂いが嗅ぎたい!)」
「モコはおしゃべりだね」って、お兄ちゃん。
だって、アタシ、おしゃべりしたいことがいっぱいあるんだもの。マサキお兄ちゃんは、アタシの運命の人だから。
あの夜。仔猫のアタシは、ひとりぼっちで湿った落ち葉の上でうずくまってた。辺りは真っ暗。ひもじくてカエルを食べたけど、お腹をこわしてしまって、もう動けなかった。
「どうしたの」その声だけで、やさしい人って、すぐにわかったわ。だから、しゃがんだその人の足元にすがりついて、必死に肩までよじ登ったの。
それが、マサキお兄ちゃんとアタシとの出会い。その時、お兄ちゃんは、研修のためにたまたま県外からこの町に来ていたの。コンビニに行こうと、工場内の宿泊施設から出たところで、アタシを見つけたというわけ。
ガリガリに痩やせ、うす汚れたアタシを肩に乗せたまま、お兄ちゃんはコンビニまで歩いて、猫缶を買ってくれたわ。
ガツガツ食べてるアタシの横で、お兄ちゃんは、お母さんに携帯で相談してた。「仔猫を保護したいんだけど」って。「いいよ」って返事が聞こえてきた。ちょうど金曜の夜だったから、翌朝は家に帰る予定だったみたい。
それで、宿泊施設の人に仔猫をひと晩泊めたいと頼み込んだけど、断られて、アタシを元の場所に置いてこう言い聞かせたの。
「いいかい、明日の朝までここにいるんだよ」
アタシ、ちゃんと言いつけを守ったわ。翌朝、アタシが落ち葉の上で眠っているのを見つけたお兄ちゃんは、うれしそうだった。
家に着くなり、アタシは獣医さんに連れて行かれた。お母さんが、アタシが息をするたび、お腹がペコペコ鳴るのに気づいたの。検査の結果、あばら骨が折れてて、肺に穴が開いていて、呼吸のたびに肺から漏れた空気がお腹に入ってたんだって。
さまよってた日々、木から落ちたこともあったし、通行人に足蹴にさ れたこともあったから、いつからそうだったのかわからない。カエルにしか寄生しない虫もいて、危なかったみたい。
お兄ちゃんに声をかけてもらわなかったら、アタシ、道ばたで死んでた。
あれから、2年。アタシは、誰からも「真っ白で綺麗な猫さんですね」と言われる猫になったわ。
お気に入りの場所は、キッチンの出窓なの。バードウォッチングもできるし、お母さんにお刺身のおねだりもできるし。
あとね、神棚の上も、部屋中が見渡せて気に入ってるんだ。
この前、マサキお兄ちゃんが、上のお兄ちゃんと口げんかしてたの。アタシ、別の部屋の中から「ニャッ、ニャッ(どうしたの、どうしたの)」って、声をかけ続けた。
そのあと、廊下でマサキお兄ちゃんがしゃがみこんでたから、「ニャ、ニャ、ニャ(大丈夫?)」って慰めながら、手や腕を舐め続けてあげたわ。
あとで、お兄ちゃん、「猫が一生懸命慰めてくれるなんて、ほんとにびっくりした」って言ってた。
お母さんはアタシに言うの。
「モコが来てから、家の中で楽しい会話が増えたわ。モコは家族よ。それにしても、モコは毎日何をおしゃべりしてるの」って。
今日も、アタシ、いっぱいいっぱいおしゃべりするの。「遊んで〜」「オヤツちょうだい〜」だけじゃなく、「助けてくれてありがとう」「ここの子になってうれしい」ってこと、毎日聞いてほしいから。
※このエピソードは、本が発行された2018年当時のものです
写真と文:佐竹茉莉子