文・写真 堀晶代
ワインの酩醸地として知られるブルゴーニュ地方。その壮大な歴史を物語るワイナリーのひとつが、ドメーヌ・フルーロ・ラローズだ。ワイン造りの記録はフランス革命以前まで遡り、1912年からはシャトー・デュ・パスタン、日本語にすると「趣味の館」という粋な名前のシャトーに居を構えている。
地下の1階と2階に広がるカーヴ(熟成庫)に案内されると、時が止まったかのように静かに流れる、たぐいまれな美しさに息を呑む。当主ニコラ・フルーロさんの奥さまは、日本人の久美子さん。「百年以上も前のワインも眠っているんですよ」。
戦前のワインが現存しているのには、理由がある。第二次世界大戦中、フランスがドイツの占領下にあったとき、多くの酩醸地でワインはドイツ軍に略奪されたり、不当に買い叩かれた。「でも私たちのワイナリーを占領した指揮官は良心的でした。カーヴに敬意を表し、部下へ『手を出してはならぬ』と命じたのです」と話す。
壮大な歴史など意に介さないのは、猫たちだ。数年前まではテイスティング・ルームでお出迎えする猫がいたり、自由気ままに出入りする近所の飼い猫がいたり。そして今は事務所を陣取る(?)雪ちゃん(♀)がいる。
雪ちゃんとの出会いは突然だった。2011年の初夏、久美子さんがふたりの息子たちとブドウ畑でピクニックを楽しんだあと、ランチのゴミを捨てようとしたときだ。ゴミ箱から猫のシッポが見えた。「おそらく交通事故で亡くなった猫を、誰かが道路から運んで捨てたのでしょう。ニャ~という声に気づいてふり返ると、亡くなった猫とそっくりな白い胸元の子猫がいて。この子は母を失ったのだと直感し、仕事中のニコラに電話で相談しました」。トラックで駆けつけたニコラさんに迷いはなかった。「連れて帰る以外に、どうしようもないだろう?」。
もともと猫が大好きなフルーロ一家だが、猫から選ばれる雰囲気もあるようだ。一家が休暇の用意をしていたある朝、いつも通りに出入りする近所の飼い猫を見て、ニコラさんは「もう、入ってこないような気がする」と言ったという。「その予感は当たってしまいました。休暇から戻った翌日、その猫はシャトー近くの道に倒れていました。飼い主さんからは、『この子が最後まで通おうとしていたあなたがたの場所に、埋めてあげてください』と頼まれました」。
もし占領した指揮官が良心的でなくとも、ワイナリーの名声がゆるぐことはなかっただろう。でも一家と猫たちが一緒にいる日常は、歴史の綾が織りなしたものだ。