
「いい子だね~」と声をかけ続ける
しまおばあちゃんは、御年96歳。
千葉県の農家に嫁いで70年以上、古民家での一人暮らしとなったが、同じ敷地内に暮らす孫のくみこさん一家のサポートを得て、お達者に過ごしている。しまさんの日々に笑顔と活気をもたらす最大のサポーターは、去年から一緒に暮らす三毛猫のちぃちゃん(1歳♀)だ。
文・写真 佐竹茉莉子
いつもそばに
「あったかだね~」
前庭の草の上で遊ぶちぃちゃんを眺めるしまおばあちゃんの口元はほころびっぱなしだ。青空に白い雲。縁側でひなたぼっこをするにはもってこいの日和だ。
この夏は暑すぎて、庭にある畑での野菜作りはお休みしてしまったけれど、はだしのまま庭を歩き回るのは日課だった。天気がいいと、草の上で寝転ぶ。そのあとを薄緑の瞳とふさふさのシッポを持ったちぃちゃんがついて歩く。しまさんとちぃちゃんは、草や畳の上をはだしで歩くことや転がることが大好き同士なのだ。
庭の雑草が伸びてきたら、しまさんはせっせと草取りをする。その手がこまめに動くのが面白いのか、ちぃちゃんがじゃれつく。振り払いながらも、しまさんの目は笑っている。ときにじゃれついてくる木の枝や杖をちょいちょいと振って遊ばせることもある。「ちぃが、そばにいてくれるので、おばあちゃんも毎日が楽しそう。大助かりの猫の手です」と、くみこさんも目を細める。

障子被りの名人だった子猫時代。出入口を作ってもらう
(写真提供・あらいくみこ)
庭に落ちていた子猫
ちぃちゃんがここにやってきたのは、去年の秋のはじめ。
「8月の終わりからどこかでミャアミャアと甲高い子猫の声が聞こえていたんですが、探しても見つからず。9月になって、裏庭に『落ちていた』のを見つけました」と、くみこさん。まだ生後1ヶ月半くらいの子猫で、よほどお腹がすいていたのか、与えたフードをむさぼった。動物好きなしまさんは、それをニコニコ眺めていたという。

敬老の日。おしゃべりしながら、ひなたぼっこ (写真提供・あらいくみこ)
くみこさん一家が暮らす別棟には、すでに先住猫の「モモ」と「シロ」がいる。いったんは子猫に譲渡先を見つけようと考えたくみこさんだったが、取りやめた。おばあちゃんと子猫がすっかり仲良くなっていたからだ。
「猫と一緒になって『あはは』『おほほ』とやってるからいいや」となったほど、じつに楽しそうだったのだ。
ちびっちゃいので「ちぃ」と名付けた猫だったが、しまさんは「クロ」と呼ぶ。しまさんにとっては、黒っぽいか白っぽいかで猫の名は「クロ」または「シロ」になるのだ。

暑い日は土間がいちばん
「あんとんね~」
広い前庭と広い縁側と広い土間のある築130年の古民家は、だいぶ朽ちてきたけれど、陽あたりも風通しもよくて、しまさんには住み慣れた我が家。充ちたりて暮らしている。そこにやってきたちぃちゃんはお利口さんで、仏壇に上がるなどの困らせごとは何一つしなかったが、障子だけは、貼っても貼ってもせっせと破った。でも、しまさんは叱らない。

うす緑色の聡明そうな瞳の持ち主
「私もいつも『お利口だな』『えらいな』と褒められて育ててもらいました。ちぃに対してもそう。『いい子だね~』『あんとんね~』が口癖です。あんとんねとは、この辺の方言で『大丈夫だよ』と言う意味。よほどのことをしたときは『お・ば・か』と言ってますが」と、くみこさんは笑う。その朗らかでおおらかな笑い方はしまさん譲りだ。
「でも、おばあちゃんは農家の長男に嫁いできて、義父母と義妹四人に囲まれ、だいぶ苦労したみたいです。夫婦仲はよかったですね。朝から晩まで農作業に子育て。義父母を介護して見送って、9年前には夫も見送って。今が一番のんびりした人生ではないでしょうか」
そんなしまさんの元へやってきた子猫は「あんとんね~」と育てられて、すくすくと大きくなり、またとない相棒となってくれた。

くみこさんのイラストには、いつもおばあちゃんの笑顔が
ふたりの四季
しまさんの朝は早い。たいてい5時には、ちぃちゃんに「もう起きなさい」と髪の毛をかじられて起こされる。ふたりの三度のご飯は、くみこさんやお孫さんたちが持ってきてくれる。歯は全部ないけれど、何でもおいしく食べるしまさんのそばで、ちぃちゃんも自分のご飯を食べる。天気のいい日には、縁側や庭でほっこりと過ごす。近くに住む長女(くみこさんの母)も、必ず毎日やってきておしゃべり相手になる。畳の上にちぃちゃんと一緒に寝転がって、眺めるテレビも毎日のお楽しみ時間だ。
遠くまでは歩き回れないしまさんに、ちぃちゃんはときどきお土産を持ち帰る。バッタや子ネズミなどだが、きっとちぃちゃんは、おばあちゃんも気に入ると思っているに違いない。
夜寝る時間もふたりは一緒。夏の間は布団の上で寝ていたちいちゃんが、寒くなってきたので、布団にもぐってくるようになった。「クロが、おが(私の)布団に入ってきたよ。あったかいよ」と、しまさんはご機嫌だ。

秋晴れの日、庭のふたり(写真提供・あらいくみこ)
ファンがいっぱい
そんなふたりの四季折々の日常を、「あらいくみこ」のペンネームで活躍するイラストレーターのくみこさんはイラストにしたり、動画に撮ったりして、TikTokやYouTubeで公開している。おばあちゃんが笑っている何でもない日常を、とても大切に思っているからだ。
ある日は、捕まえたバッタを縁側で見せつけているちぃちゃん。「人たまげらせべ(人をびっくりさせよう)と思って」と笑うしまさん。またある日は、草むしりするおばあちゃんの背後からお尻にアタックするちぃちゃん。「ひょこひょこやってるから、バカにしてらあな」と、愉快そうなしまさん。どの場面にも、撮っているくみこさんの朗らかな笑い声が重なる。

顔を覗き込んで「かわいいね」
家なき子猫と、人生の春秋をたっぷり重ねたおばあちゃんが巡り会って、古民家のひとつ屋根の下に流れる優しくてまあるい時間。その風景に魅かれて、いまやおばあちゃんとちいちゃんコンビのファンはいっぱいだ。「ふたりとも可愛い」「大好きすぎ泣きたくなる」「失いたくない日本の原風景」といった声しきりだ。
「大したことのない毎日だけんど、クロがそばにいてくれて、毎日が楽しいよ。またいらっしゃいね」そう言って、しまさんはてのひらにミカンを2個載せてくれた。房州ミカンの暖かい色は、しまさんとちぃちゃんの愛しくてあったかい日々と重なった。人生のしわが刻まれた働き者の手のそばに、これからもずっと、柔らかいやんちゃな手がありますように。
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