愛猫には一日でも長く一緒にいてほしいと願うもの。長寿を表彰されて、ますます達者なあの子の健康術を知り、生活の質を上げる日頃からのケアや最新のシニア医療事情を学び、うちの子もご長寿を目指しましょう!
写真・丸山カネキリカ Text by Saito Minoru
X(Twitter):@Kirika_ma_cos
猫アレルギーを超える運命
2005年、埼玉県のとあるマンションの下に小さなケージに入ったオスの子猫が放置されていました。ある住人の女性は、子猫を保護して帰宅すると、高校生の息子に「本能的に連れてきた」と告げます。
「その頃、私は重度の猫アレルギーを患っていて、母もそれを知っていました。子猫を連れ帰った際は正直『マジか!?』と困惑しました」
そう18年前を振り返る息子は、現在ゲーム会社の宣伝マンで、コスプレイヤーの丸山カネキリカさん。不思議とアレルギー症状は出ず、強い縁を感じて子猫を受け入れました。子猫も同じように感じたのか、最初から全く警戒することなく落ち着いた様子。丸山さんによく懐き、すぐに仲良しになり、「ヤマダ」と名付けられました。
ある日、寝ていた丸山さんの腕に抱きついたのをきっかけに、小さなヤマダは腕を要求するようになりました。「フミフミ」の動作をした後など、甘えっぷりが極限に達した時に、腕を出せと鳴き、差し出すと強くハグして眠りにつく。やんちゃでいたずら好きな成猫になっても、それは変わらぬルーティンでした。
腕に抱きついて有名猫に
それから10年、丸山さんは仕事に趣味のコスプレに多忙な社会人になりました。ヤマダはシニア期に入ろうというのに相変わらず傍若無人。夜中に暴れたり、丸山さんの布団の真ん中で寝落ちしたり、腕にしがみついてガブガブと噛みついたり……。そんな元気いっぱいの愛情表現を、丸山さんは子猫時代と変わらず全身で受け止めるのでした。
15年8月のこと。いつも通りヤマダに両前足で右腕にがっちりとしがみつかれた丸山さんは、左手でスマホを持って動画を撮ります。かろうじて右手を動かすとヤマダの横顔を撫でる格好になり、その動きに合わせて「ミャーーーーー!」と高い声で絶叫するヤマダ。丸山さんはそのまま動画をTwitterに投稿したのです。これがまたたく間に拡散され、1週間で10万リツイートを超える反響を呼びました。
この時からヤマダは有名猫になりました。しかし、丸山さんとの関係は変わらず、一度腕を取るとなかなか離さないのも相変わらずです。
「腕に抱きつくと普段の甘え声がさらに甘えを増した感じになり、1オクターブぐらい上がった鳴き方になるので『ああ、甘えてるなあ』と強く感じます」
さらに、舌を出して愛嬌たっぷりの表情を見せたかと思えば、ギロリと威嚇するように睨みつけるなど、アメとムチを使い分けるよう。それでも腕を離そうとすると悲しい声で鳴いて心を揺さぶります。
そうかと思えば、丸山さんが仕事に悩んでションボリと帰宅したら優しく足元で甘えてくれたり、体調を崩して寝込めば顔面に蹴りを入れながら添い寝して看病(!?)してくれたりと、細やかな気遣いも見せてくれます。こうしてふたりはますます絆を深めていくのでした。
健康の秘訣は在宅ワーク!?
11歳の時、ヤマダはジャンプに失敗してお尻から落下し、肛門嚢炎(こうもんのうえん)を悪化させる不運に見舞われました。この時は、有給を2日消化した丸山さんの献身的な看病と、3週間近くのエリザベスカラー生活の甲斐もあって無事に快復。ヘルニアで腰を悪くして歩くことすらままならない時期もありましたが、不可解なことにベッドから落ちた拍子に突然具合がよくなったのでした。
これ以外で目立って体を悪くしたことはありません。15歳になる直前の引越しの際も、不調をきたすこともなく新居に慣れたとか。いつもヤマダがパワフルでいられる秘訣は何でしょうか? まず、丸山さんは日頃のケアを挙げます。
「食事にはとにかく気を遣っています。少しでも食欲が落ちたり、便が普段と違うなど気がついたら入念に観察して、獣医さんと相談するよう心がけています」
意外にも、新型コロナ禍による変化もプラスに働いたそう。
「ヤマダが15歳を過ぎたタイミングで私が在宅ワークメインになったことで、一緒にいられる時間が増えました。ひとりになることが少なくなり、ストレスがかからない環境が健康面に出ているのではないかと思います。つまり24時間不自由なく甘えまくれるようになったのが長寿の秘訣かもしれません」
23年3月、そんなヤマダは18歳になって長寿表彰を受けました。
「家族であり、兄弟(もちろんヤマダが兄!)であり、大切な友人であり、我が身の半身と思えるほど大切な存在」と人生の半分
を寄り添ってくれた愛猫への思いを語る丸山さん。
そんな「弟」にますます甘えて、今日もヤマダは元気いっぱいです。