はしもとみおさんを動物彫刻家にした猫 トム

トムの写真。血の気が多い荒くれ者だったが、はしもとさんのお父さんによく懐いていたそう(写真提供・はしもとみお)

はしもとみおさんの絵本『おもいででいっぱいになったら』には1匹の猫が登場します。そのモデルは、はしもとさんが動物彫刻家になるきっかけを作った猫で、今でも大切な存在のようです。

Text by Saito Minoru

はしもとみお・著『おもいででいっぱいになったら』KISSA BOOKS

1995年1月日早朝。神戸市などの兵庫県東部は最大震度7の強い地震に襲われる。6434人が亡くなり、10万戸の家屋を全壊させた阪神・淡路大震災である。

命からがら家から逃げ出した当時15歳のはしもとみおさん。外に出て真っ先に目に飛び込んできたのは庭のクスノキに揺れる小さなミノムシだった。それは大地震に揺られながら我が家を守る神様のように見えたという。

震災後の混乱の中「神様」と語らいその姿を観察するのが習慣になったはしもとさんの家に、ある日トムという子猫がやってきた。気性の荒いやんちゃなオスで、クスノキの隣に建つ柱の上がお気に入りだった。

初めて作ったトムの彫刻。この制作を通じて観察の大切さと動物彫刻の喜びを知ったそう(写真・森田直樹)

トムが8歳の時、神戸を離れて彫刻専攻の大学生になっていたはしもとさんは「何でも好きなものを作っていい」という授業の課題にトムの彫刻を作ろうと思い立つ。

参考用の写真を家族に頼むと「トムが家出したまま戻ってこない」と知らされた。モデルが行方不明の中で制作は難航。はしもとさんは隅々まで知っているつもりでいたトムの身体を具体的に思い出せないことに愕然とした。

それでも記憶を必死にたどってトムの彫刻を作り上げた。彫刻を通じて愛猫と再会した感動によって、はしもとさんは動物が生きている時の姿を木彫にする彫刻家になることを決意する。

とはいえまだ20代、自分が何者かぼんやりすることもあり、彫刻では伝えきれないことを表現できる絵本作家になりたいという思いも捨てきれなかったそう。

当時描いた絵本の一つが、震災の朝に出会った「神様」に教えられたことを愛猫に語らせた『おもいででいっぱいになったら』だった(2008年、タリーズコーヒージャパンより『神様のないた日』と改題されて出版)。はしもとさんはブログの中でこう語っている。

「思い出でいっぱいだった家が、ある日なくなる。地震でそんな思いをした私も、ミノムシを見ていると、生きていればなんだってまた作っていけるという勇気をたくさんもらいました。思い出でいっぱいになったら、また新しい家を作ろう。ちいさなミノムシの神様から教わったたくさんのことを、そのまま描いた本なのでした」

絵本を描くために制作したトムの彫刻。今回の出版について「今、彫刻家として絵本を出せたことにとても意味がある」と語る(写真提供・はしもとみお)

2022年、その本を『おもいででいっぱいになったら』と当初付けたタイトルに戻して出版したはしもとさん。10代に見た景色、クスノキ、空の色などを再現できるよう時間をかけて思い出し、全面的に描き下ろし・加筆修正したという。もちろん、はしもとさんの分身であるトムも登場する。

「もしまた会えたら、地震の後の一番大変だった時代を一緒に過ごしてくれてありがとうと伝えたいです」と語るはしもとさん。その心には、初めて彫った時よりも立体的で生き生きとした姿のトムが息づいているようだ。

『おもいででいっぱいになったら』の冒頭場面

はしもとみお
彫刻家。三重県の古い民家にアトリエを構え、動物たちのそのままの姿を木彫りにする。材料はクスノキ。この世界に生きている、または生きていた動物たちをモデルにし、その子にもう一度出逢えるような彫刻を目指している。全国各地の美術館で個展を開催中。
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