三毛猫ジャガーちゃんは、7年前、登校途中の姉妹に拾われた「子猫」だった。なのに、今の年齢は……?
「子猫ちゃんがずぶぬれになってる」
小学校に送り出したばかりの娘たちから、キッズ携帯で直子さんに電話がかかってきた。7年前の12月、雨の朝だった。
「すぐ行くから」
車で駆けつけると、傘をさした娘たちが道ばたにしゃがんでいる。
姉娘の膝には、痩せた小さな猫。冷たい雨に打たれたせいで、いっそうみすぼらしげに抱かれていた。
長毛らしき三毛である。だが、猫は、どう見ても子猫ではなく、老猫だった。抱き上げると、ふわっと軽く、指先にゴリゴリと骨があたって、かなり具合が悪そうだ。
娘たちを学校へ向かわせ、直子さんは猫を家に連れ帰った。
猫は、先住猫のごはんを見つけるや、ガツガツと飲み込むように食べ始めた。空腹が極限だったらしい。何日もさまよっていたのだろうか。
体を乾かしてやって、動物病院へ連れて行くと、獣医さんは言った。
「かなりの高齢ですね」
ひどい下痢。そして認知症の気配。そのせいで捨てられた猫なのかもしれない。残り時間はわずかと見えた。
「もしかしたら持ち直すかも、と思えたのは、食い意地がものすごく張っていたから」と直子さんは笑う。
家じゅう下痢を垂れ流すので、お尻の毛を刈り上げ、オムツをあてがってやった。娘たちも可愛がった。栄養状態がよくなるにつれ、認知症の気配もなくなり、オムツも外れた。
猫の名は「ジャガー」に決まった。直子さんが好きなロック・ミュージシャンにツイッターで「子猫を保護したけどおばあちゃんだった。名付け親になってほしい」と書き込んだところ、「ジャガー」と返しが来たのだった。
元気になったジャガーおばあちゃんは、春休みには娘たちにリード付きで近くの公園まで連れて行ってもらい、花見を楽しんだ。直子さんが出店した町のフリーマーケットでも、店番を務めた。
ジャガーちゃんを救った娘たちの「可哀そうな猫を見るとほっとけない」気質は母譲りだ。
「小学生のとき、子猫を拾って以来、猫のいない日はなかった」という直子さん。
結婚相手が介護職に就くのを機に、東京からこの南房総の海辺に越してきて、20年が経つ。娘2人の保育が一段落したあと、古着と雑貨を扱う小さな店を国道沿いに持った。
のどかなこの町は、飼い猫だかノラ猫だかはっきりしない飼い方が多く、避妊去勢も進んでいない。ここに移り住んでから、いったい何匹の子を保護したことだろう。
「元気な子猫ならもらってくれる家を探すけど、そうでない子は手元に残します。拾って、やっと元気になったと思った頃に病気を発症する儚い子もいて、見送るのがいちばんつらいですね……」
ジャガーちゃんより6年前に保護した茶トラのヘレンくんは、幼稚園の送迎バスを待っているときに保護した子猫。お腹にぽっかり穴が開いていて、回復まで長いこと網タイツをお腹周りに着けて育てた。
ジャガーちゃんより4年後にやってきたのは、同じく茶トラのナッツくん。農家のビニールハウスに捨てられていて、保護した人から一時預かりを頼まれた。ちょうど誕生日を前にした下の娘の「誕生日には何にも要らないから、この子をうちの子にして」というお願いで、ナッツくんは、3匹目の猫となった。
「かなりの高齢」と獣医さんに言われてから、7年。ジャガーちゃんは、いったいいくつになったのだろう。20歳を超えているかもしれない。
「歯は一本もないけど、食い意地だけは相変わらず」と、直子さんは、いとおしげに見やる。
雨に濡れていたジャガーちゃんを「子猫」と間違えて抱っこしてくれた娘たちは、高校生と中学生になった。
今でも、子猫のように抱っこして可愛がってくれるから、ジャガーちゃんも子猫のように甘える。
仲間の2匹とも仲良しだ。13歳のヘレンは、穏やかで気のいい初老猫だし、3歳のナッツはジャガーにとてもなついている。
3匹とも、日の当たるサンルームがお気に入りだが、外散歩も大好きだ。
家の前は、畑の向こうに白く輝く房総の海。山側は、一面の畑。いつでもいい風が吹き渡る。
「気持ちのいい日だね」直子さんが猫たちに話しかける。
小道でゴロンゴロンしながら、ジャガーおばあちゃんは、きょうもご機嫌だ。
※この物語は、2019年発行当時のものです。
写真と文:佐竹茉莉子