
現在13匹いる猫たちの紹介文を読みながら、窓際で猫を片目にマイペース
本誌74号でも紹介したパリ初の猫カフェ「ル・カフェ・デ・シャ(Lecafé des chats)」が、オープンしたのは2013年。「日本の猫カフェにヒントを得た」というオーナーのマルゴー・ガンドロンさんが、クラウドファンディングで開業資金を募ると、オープン前から国内外の約160件のメディアが、この話題を取り上げた。

足もとでは2匹がすこし喧嘩気味でしたが、人の笑いで仲直り
映画やアニメ、漫画などの影響もあり、フランス、とくにパリでは日本文化は日本人が想像している以上に人気が高い。猫カフェ誕生を楽しみに開業資金は順調に集まる一方で、批判的な声もあった。
人権団体からは「猫に棲家を作る余裕があるなら、ホームレスの家を作るべきでは?」、一部の動物愛護団体からは「猫はオブジェではない」。だがマルゴーさんはブレなかった。
「私たちにとっての最優先は、行き場のない猫たちが幸せに暮らせる自走型カフェを作ることです」。カフェにいる猫たちは、オープン当初から動物愛護団体と相談し、人の出入りを気にしない穏和な子を引き取っている。

高さを好む猫たちへの工夫も、パリらしい

フラッシュはNGですが、シャッター音はOK。この子とは30分くらい一緒にいました
ところで近年のフランスではペットの展示販売を禁止するなど、動物との接し方が変わるなか、「今」の猫カフェはどうなっているのだろう?
週末は混むと聞き、10年ぶりに平日の昼下がりに撮影に出かけた。猫カフェというより、「普通のカフェに猫たちがいる」という印象は、以前と変わらない。客が靴を脱いでいないことも、普通っぽく見える理由なのかもしれない。
また時間制限がないことは、「いつか一匹くらい、撫でられたり近づいたりしてくる猫はいるはず」という、客の余裕を生む。

長い足に編み上げブーツ! ハードロックな美人さんと白猫
気付いたのは以前よりもパソコンを開いている客がチラホラいること。仕事中らしい男性に尋ねると、
「自宅でのリモート作業はどうしてもダラダラしてしまう。だからリモートで働ける場所のひとつがここ。Wi-Fiも完璧だし、疲れたら猫たちを見て優しい気持ちになれる」
また2022年夏からは、各テーブルにQRコードを設置。飲み物や食事の注文・決済までスマホひとつでできるように。3度もの厳しいロックダウンが実施されたフランスでも、
非接触な注文や決済方法がさらに浸透しつつある。これが猫たちにも、より快適な環境となった。注文を取るスタッフの行き来が格段に減ったのだ。店内を歩く靴音で驚く猫が見事にいない。
撮影はフラッシュ禁止だが、シャッター音にも驚かない。そして猫カフェに客が動物を連れていくことはNGながら、盲導犬は許されている。猫も犬も人も信頼し合える空間だ

おしゃれな猫ラベル・ビール。コロナ以降は料理人が減る中、4人もの料理人によるすべて手作りの食事も、
パリっ子の胃袋をつかんでいます。カフェとしての魅力が自走型を後押ししています

猫出禁のキッチンを除いても、店内は80平米という広さ。24時間を好きな場所で過ごしています
ちなみにフランス初の猫カフェは、2012年、南仏の街・ヴィエンヌだった。フランスの大手新聞社「ル・モンド」が、さっそく記事にしたのは「ロンロンテラピー」。
ロンロンとは日本語で、猫が喉を鳴らすゴロゴロ。つまり「猫のゴロゴロに人は癒やされる」と一面に書いた。
「ル・モンド」は、日本人が麺をすする音(欧米圏では圧倒的にタブー)に対して、「ラーメン・ズズット(Râmen Zuzutto)は麺を美味しく食べるための日本の文化だ」とセンセーショナールに書いたこともある。
ロンロンテラピーの紹介は、猫カフェへの追い風になったが、マネジャーのマエルさんは、最近は少し変わったという。

自由気ままに好きな場所に収まる猫と、「それが普通」というゆるい感じのスタッフや客たち。 誰も猫を見ていないし、猫も誰も気にしていない
「客が基本的に猫を好きということは、いつも同じです。ただ客は『猫目当て』だけでもありません。コロナの鬱憤があったと思いますが、猫カフェに限らず、パリにはお気に入りのカフェでよりリラックスしたいという流れを感じます」
その上でマエルさんは「今後も猫カフェは国内で増えていく」とキッパリ。それは猫カフェが単に物珍しい時代から、フランス政府との厳密なルールを遵守しながら、より日常に溶け込んでいっているからだ。
昼下がりの撮影を終えたら、猫カフェの前には小雨を凌しのいで傘を差した長蛇の待ち客がいた。フランス人は人を待たすが、その分待たされることにも慣れている。12年目になった猫カフェは、「待ってでも入店したい」カフェに進化していた。
(文・写真 堀晶代)
Le café des chats
9, rue Sedaine 750 11 Paris
定休日:月曜 ※予約不可
https://lecafedeschats.fr
日仏を往復するワイン・ライター。著書に『リアルワインガイド ブルゴーニュ』(集英社インターナショナル)。電子書籍『佐々木テンコは猫ですよ』がAmazonほかネット書店で好評発売中。