「おばあちゃん」
もし死んだらどこにいくのだろう。そればかり考えていた時期があった。
その疑問の答えは一生かけても出ないだろう。だけどヒントを与えてくれた猫がいた。
いつもちょっと可笑しな事をやらかしてしまう彼女。
いや、彼女と言っては失礼か。もう結構なお歳のおばあちゃん。僕なんか孫と思われていたのかもしれない。
いい陽気の日には必ず梅の傍の塀の上で日向ぼっこ。だから"ウメさん"と呼んでいた。
2月になり梅が咲く。
それを嬉しそうに眺めていたウメさん。やけに人間じみててどこか微笑ましい。
ウメさんは写真を学んでいた僕に「上手く撮るんだよ」とでも言ってるようにポーズをとってくれる。
最高の教材だ。
それによく遊んでくれた。あまり祖母と触れ合う機会のなかった僕はそんなウメさんが大好きだった。
別れは突然やって来る。腎臓の病気が悪化し危篤となったウメさん。連絡が来てすぐに駆けつけたが間に合わなかった。
いい陽気の日だった。
ウメさんは梅の近くの陽当たりのいい場所に埋葬された。
ばいばい、ウメさん。さようなら。
そして季節は巡り2月。梅が一輪咲く。僕はウメさんが生き返ったような錯覚を覚え、思わず泣いてしまった。梅がウメさんの命のバトンを受け取ったかのように思えたのだ。
そして満開。ああ、これは…ウメさんだ、ウメさんが生き返った。形を変えた命。
夢遊病者のように、ただの梅にシャッターを切り続けていた。傍から見れば奇異に見えただろう。
しかし、ただの梅はウメさんなんだ。「上手く撮るんだよ」そんな声が聴こえた。
text&photo/Kenta Yokoo