車の販売店で看板猫を務める仲良し黒猫たち。ニ匹の絆物語の始まりは、拾われた一匹の子犬からでした。
アタシ、ナデシコ。相棒は、同じ黒猫で2年上のヤマト。新車と中古車の販売店の、箱入り息子と箱入り娘なの。
アタシたち、事務所にご来店のお客さまには、カウンターから「いらっしゃいませ」をするし、お買い替えのご相談には、ソファーの脇で立ち会うのよ。
そっくりで見分けがつかないって言われるけど、よく見れば、ヤマトはアタシより大きくて精悍な顔つきをしてるってわかるはずよ。
店内に飾ってある写真の子犬は、「ブーちゃん」。ヤマトはブーちゃんと最後の1年半をいっしょに暮らしたけど、アタシはブーちゃんを知らないの。
ブーちゃんは、母さんがまだ独身の頃に、妹が公園で拾ってきた捨て犬だったんだって。母さんの母さんは病気で寝たきりだったから、子犬の里親探しが始まったわ。だけど、子犬にすっかりなつかれてしまった母さんの母さんには、生きる張り合いが生まれたの。
それで、おうちで飼うことになったんだって。ブーちゃんは、人の気持ちがよくわかる犬だったそうよ。ブーちゃんがいつも枕もとにいてくれたおかげで、母さんの母さんは、そのあと6年も頑張れたの。
かわいがってくれた人を亡くしたあと、ブーちゃんはご飯を食べなくなった。母さんが「ブーちゃんを連れて行かないで」ってお空に向かってお願いしたら、やっとブーちゃんは食べ始めたんだって。ブーちゃん連れで結婚した母さんは、父さんとこの店を開いたの。ブーちゃんは長いこと看板犬を務め、年老いていった。
6年前の夏には、ブーちゃんは首も曲がり、動けなくなって、余命1か月と診断されてた。もう16歳半だったの。
そこへ、舞い込んできたのが、ガリガリにやせて衰弱した真っ黒い仔猫。その子に添い寝してるうちに、ブーちゃんは、みるみる元気になったの。ご飯もパクパク食べ出して、仔猫の姿が見えないと探し回るほど。
ブーちゃんの寿命を1年半も延ばしたその子が、ヤマト。ブーちゃん亡きあと、しょんぼりしてるヤマトを見て、母さんは「可哀そうな猫がいたら迎えよう」と思ったんだって。
そんな時、近所でノラの女の子が保護されたと聞いて、母さんはヤマトに聞いたの。「お嫁さん、ほしい?」ヤマトは、「ニャア」と即答したって。それで、アタシがもらわれたってわけ。
ヤマトは、小さかったアタシのこと、それはそれはかわいがってくれた。大きくなっても、大の仲良しよ。ヤマトは、犬の母さんに育てられたから、おもちゃをくわえてきて父さんたちに「遊んで」とせがんで、投げるとまたくわえて持ってくるの。
そうそう、アタシには、ひとつだけ困ったクセがあってね、布を食べちゃうの。だから、母さんは、布を全部引き出しにしまって、じゅうたんもキャットタワーのロープもはがしちゃった。
でもアタシ、この前、商談中のお客様の靴紐をこっそり食べちゃった!すぐ病院にかつぎこまれたけど、お客さんからのお咎めはなしだったわ。猫好きだったから。 母さんは言うの。 「ヤマトとナデシコは招き猫。猫がかわいがられてる店なら信用できるって言っていただけて、いいご縁がいっぱい」って。
アタシたち猫は、「無条件に愛された記憶」をけっして忘れない。大切に大切に胸の奥にしまい込んでい る。その記憶が、「アイジョウ」の 輪をつなげていくの。人間だって犬だって、おんなじだと思うな。
※このエピソードは、本が発行された2018年当時のものです
写真と文:佐竹茉莉子