路地にある喫茶店で看板猫を務める黒猫ネロくん。じつは、彼には、6つの秘密があるのです。
ボクのおうちは、路地で喫茶店をやっているんだ。喫茶店のママは、ボクのママのミキコさん。ミキコさんのお父さんは昔、ここで小さな鋳物工場をしてて、その片隅に、ミキコさんは喫茶店を作ったんだ。お仕事を終えた人たちが、珈琲を飲みながら、くつろげるようにって。
初めて入ってきたお客さんとでも気さくにおしゃべりするミキコさんの、誰も知らない秘密を、ボク、知っているよ。
ミキコさんは、ほんとは、ものすごーく人見知りで恥ずかしがり屋なんだ。外に出て人とお喋りするお仕事が苦手だから、ここで喫茶店を始めたんだ。お互いに心の蓋をはずすひとときの空間になれますように、って。
誰にでも、秘密はあるもんさ。ボクにだって、あるよ。
えーっと、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつもあった!そーっと教えてあげようか。
秘密その1。ボク、2本足で立てるんだ。
うそじゃないってば。今のところ、ミキコさんと常連のマリコさんだけが目撃者。あの時は、窓の下を知らない猫が通り過ぎたから、思わず立ち上がって見てたんだ。「あ、ネロくんが立ってる!」って、マリコさんに激写されちゃった。人前では立たないようにしてるんだけど。「立ち猫ネロくん」なんて変な人気出ちゃうと困るからね。
秘密その2。ボクには尻尾がない。付け根の骨もなくて、寝ぐせのような毛がツンツン立ってるだけなんだ。これって、珍しいみたいだよ。
秘密その3。水道の蛇口から出る水を見ると、我を忘れる。
ボク、お水が蛇口からチョロチョロ出る音を聞くと、コウフンしちゃうんだ。ぐっすり寝てても、その音を聞くと飛び起きる。お客さんがお手洗いに立つと、いっしょにするりと入っちゃう。お客さんが蛇口をひねると、スイッチオン。シンクに飛び乗って、前脚で水を撥はねたり、すくったり。
そのうち、だんだんハイになってきて、頭を突っ込んじゃうの。
秘密その4。ボクにはニンゲンの兄弟がいるんだ。
ボク、ミキコさんの最初の孫のユイトが3歳の時、ここにやってきたんだ。ボクもお子ちゃまだったから、追いかけっこしたり、かくれんぼしたり、くっつきごっこしたりして、いっしょに大きくなった。
「兄弟みたいだね」って、よく言われてた。ユイトに弟のチセイが生まれてからは、3兄弟になったの。
でも、ユイトたち一家は遠くに引越していっちゃった。すごくさびしかったけど、お客さんや、近所のチビっこたちがかわいがってくれたよ。
夏休みに、里帰りしてきた時、ユイトはこんなことを、ミキコさんに言ってた。
「おばあちゃん、あのね、ボクたち、生まれる前から兄弟だったんだ。『ボクが最初にこの家に生まれるね』って生まれてきたの。その次にネロが猫になって生まれて、そのあと、チセイが追いかけて生まれてきたの」
ミキコさんは笑ってたけど、ユイトが言ったことは、ほんとうのことだよ。そのあと、またひとり、アキヤがやってきて、お正月や夏休みは4兄弟そろって大騒ぎさ。
秘密その5。お客さんは、犬でもウエルカム。
ボクは、お客さん誰でもウエルカムな看板猫なの。でもね、じつは、犬のお客さんもウエルカムなんだ。
この前、シブいおじさんが、ワンちゃん抱いて入ってきたの。チョコレート色の恥ずかしがり屋のその子とお近づきになりたくって、ボク、そのおじさんの隣に座ったよ。
おじさんはボクのおなかを撫でてくれて、ボクはお返しに甘噛みをしてあげた。ワンちゃんは、おじさんの陰から呆れて見てた。
「こんな猫も珍しいねえ」と言っておじさんは帰っていったけど、ボク、おじさんよりあの子と仲良くなりたかったんだ……。
秘密その6。ボクには、壮絶な過去がある。
ボク、今はお気楽に看板猫やってるけど、7年前の夏に、公園に捨てられたチビだったんだ。ボクを見つけてくれたのは、優しいホームレスさんだった。
その時、ボクは、お腹から腸を垂らしてたの。さまよってた時に鉄条網で切ったのかもしれない。病院に運ばれたけど、助かるのは難しいかもって言われたんだ。
そんなボクを、退院後にママは迎えてくれた。ここに来てからも腸の調子が悪くて、何回か「もうダメかも」って時があったよ。
だけど、大きくなった今は、もう絶好調!「クマさんみたい」って言われて、みんなにかわいがってもらってる。
秘密があるオトコは魅力的なのさ。
※このエピソードは、本が発行された2018年当時のものです
写真と文:佐竹茉莉子