
福ちゃんに会いに、遠方からもお客さんがやってくる。おもちゃで 遊んでくれる人や、爪を切ってくれる常連さんもいるという
「今日もみなさん、ごきげんさんで過ごせましたか?」。一日の疲れを癒やしに銭湯ののれんをくぐると、女将の米谷智也子さんがやわらかい笑顔で迎えてくれる滋賀県の大津湯。番台の隣にケージがあって、キレイな三毛猫がひかえている。大津湯の番台猫〝福ちゃん〟(4歳♀)だ。
「本当はやんちゃ娘なんやけど、怖がりなのでそっと声をかけてくださいね。毎日18時~19時が番台おつとめ時間です」と智也子さん。
残念、時間を外してしまった! というときでも大丈夫。福ちゃんファンの方ならば、と、智也子さんが奥から抱っこして顔を見せに連れてきてくれる。
「福ちゃんの福を、みなさんにもお裾分け」と智也子さんはほほ笑むが、この福までの道のり、並大抵ではなかった。

福ちゃんと大津湯の女将、智也子さん
そもそも大津湯は、66年前、智也子さんの義父が開業した銭湯。結婚を機に大津湯に入った智也子さんだが、間もなく義母を看取る。
その後、義父が交通事故で介助が必要となり、実母にがんがみつかり、6年前には夫の基広さんが脳出血で倒れ、3人をトリプル介助するという事態に。ついに智也子さん自身も足が麻痺して倒れてしまった。

浴場にはライオンとヤギが仲良くたたずむ絵が飾られている。職業 や立場、肩書きが異なっても、お風呂に入ればみな平等で平和
ハードな日々の中、銭湯は休業を余儀なくされたが、そこで智也子さんは心折れるどころか、「車椅子の夫が入れるお風呂を作りたい」と、銭湯の改装を決意。車椅子で玄関から浴槽まで移動でき、入浴ができる、バリアフリーの銭湯としてリニューアルオープンを目指したのだ。
「なぜか『これは追い風やで!』と勘のようなものが働きました。その頃、地元の情報サイトの里親募集で福ちゃんの写真を見て、一目惚れしたんです」。
すぐに連絡を取ろうと思ったが、他に高齢で猫の世話ができなくなったお年寄り夫婦の飼い猫の里親募集もあって「こちらの方が引き取り手は少ないだろうから」と優先して話を進めていたところ、譲渡寸前でお年寄り夫婦の孫が引き取ることに。
「一目惚れのあのコは可愛いし幼いから、もう誰かに引き取られたやろな」と思ってサイトを覗いたところ、まだ募集継続中だった。「ああ、このコは私のことを待ってくれてたんや」と喜んで迎えたその2週間後、大津湯は見事、復活した。

車椅子での入浴を、夫の基広さんと一緒に試してみる
「私は絶対に福ちゃんを幸せにする! そして福ちゃんは、大津湯や私たちに福を招いてくれるに違いないと感じたんです」
ところがその半年後、智也子さんに末期の肝不全が見つかる。
今度は智也子さん、「夫はもちろん、福ちゃんを残して死ぬわけにはいかへん」と、肝臓移植手術を受けて頑張り抜く。術後3年を越えて順調に回復し、なんと今は年中無休で営業している。
「どんなことがあっても、大津湯のお風呂で身も心も温まり、福ちゃんを撫でて癒やされれば、今日も一日、ごきげんさんです」
そんな癒やしの銭湯、大津湯に、新たなメンバー〝金ちゃん〟が加わったという。まだ生後3ヶ月ほどなので番台デビューは先だろうが、福ちゃんと二人、ますます大津湯が楽しみだ。

滋賀 大津湯
滋賀県大津市大門通16-55 TEL 077-523-1158
営業時間:15:00~25:00 定休日:年中無休
Instagram:@otsuyu_siga
文・写真 鈴木美紀/写真提供・大津湯




