
悪性リンパ腫の再発もなくなったみーこと五十嵐眞一先生
取材・文 西宮三代
写真 平山法行
動物病院の看板猫になった城ヶ島の「みーこ」
神奈川県の南東部、三浦半島の城ヶ島に「かねあ」という磯料理の店がある。
店の近くには地域の人に守られながら暮らす猫がいて、今回の主役は「みーこ」。いつも店のどこかにちょこんといて、磯料理を楽しむお客さんになでてもらったり、声をかけてもらったりしながら決して料理をねだることもなく、静かに癒しを振りまいていた。

「かねあ」のお客さんがときどき面会に来てくれるんだニャー
昨年の終わり頃、しばらくぶりに「かねあ」を訪ねると、お目当ての「みーこ」は悪性リンパ腫※1を患い、三崎港近くの「三崎動物愛護病院」で治療を受け、そのまま病院で暮らしているという。
店主の話ではとても優しい病院で、診療時間内ならいつでも面会はOK。何人ものお客さんがたびたびみーこに会いに行っているそうだ。
みーこが病院で暮らすようになった事情はあとで説明するとして、その足で「三崎動物愛護病院」を訪ねると、「みーこちゃんの面会ですね」と慣れた感じのスタッフが奥に向かって「みーこ」と呼ぶと、「はいはい、面会ですかニャ?」と言いながら? みーこが現れた。
以前よりふくよかになり、もうずいぶん長いことここで看板猫をしているかのように受付のイスに上がり、目を細めてこちらを見ている。

先生やスタッフと一緒にお仕事。担当は「癒し係」
この日のみーことの対面はそこまでで、「みーこがつないだ縁」ということで、後日改めて、取材にうかがうことにした。
三崎動物愛護病院は、三崎港に面した「みうら・みさき海の駅『うらり』」を左手に歩いてすぐのところにある。病院には「三崎動物保護センター」が併設され、飼い主のいない猫や犬を保護している。

飼い主さんが介護施設に入所し、次のお家を探しているまるちゃん
院長の五十嵐眞一先生によると、みーこに悪性リンパ腫が見つかったのは昨年春のこと。
「手術で摘出した腫瘤の病理検査の結果、悪性リンパ腫だとわかり、抗がん剤の投与で寛解(症状や検査異常が消失した状態)しました。しかし、季節は8月。猛暑の中、みーこを城ヶ島に戻すのは体力的な負担も大きく、このままここで生活したほうがこの子のためだろうということで、当院で暮らすことになりました。それから数ヶ月、肺に再発の兆候(影)が見られましたが、再び抗がん剤を投与して影は消え、元気に過ごしています」。
現在「かねあ」のホームページの「にゃんこギャラリー」には、みーこが第二の猫生を「三崎動物愛護病院」の看板猫として過ごしている様子がアップされている。

ナデナデしてもらうとしっぽが立つニャ
居場所をなくした動物のための病院兼保護施設
五十嵐先生が三崎動物愛護病院を開院したのは2022年のこと。「実はここは三つ目の分院で、横浜に本院(三ツ池動物病院)と第二分院( 新横浜動物医療センター)がありまして。第三分院を開いた目的は『動物保護と獣医療の協働』です」
というのも横浜の病院では、飼い主さんが高齢になり飼えなくなった猫や犬、外猫が産んで保護された猫などを引き取ることがたびたびあったが、院内に動物たちを収容できる十分なスペースがなかった。
「そこで保護施設を兼ねた動物病院を作ることを考え、十分なスペースもあり環境もよく、横浜から車で約1時間の三崎港のそばに開院しました。ここなら横浜から連れてきた動物も、みーこのように地元の動物も保護できます」
現在、三崎動物保護センターには保護猫5頭、犬2頭が暮らしていて、例えば「まるちゃん」は、飼い主さんが高齢で介護施設に入所したため飼えなくなった犬。
保護した動物は、地元のホームセンターで開催される譲渡会に参加したり、来院者の中で希望する人がいれば検討したりしながら、根気よく里親を探している。

「かねあ」でのみーこ。小上りの畳の上の座布団でよく寝ていた
高齢者と動物が終生安心して暮らすための社会的な制度を
近年目立つのは、まるちゃんのように高齢者が動物を終生飼育できなくなってしまうこと。
「これはとても悲しく残念なこと2023年に発表された『ペット飼育と認知症発症リスク』という大規模な疫学調査※2では、犬を飼っている高齢者は飼っていない高齢者に比べて認知症になりにくいことがわかり、他の研究でもフレイル※3の予防になることもわかっています。また猫をなでると『幸せホルモン』と呼ばれる『オキシトシン』が放出され、ストレスの軽減、心の安定、多幸感などが期待できます。
高齢者が動物と暮らすことは健康寿命を延ばし、ひいては医療費の抑制という社会貢献にもつながるわけです。

「かねあ」で販売されている猫カレンダー。売り上げはすべて保護猫活動に寄付。

猫専用診察室と猫専用の待合室も完備。
『人生100年時代』を迎え、これからは高齢者の心身の健康維持のため、動物が生涯幸せに暮らすためにも、社会全体で高齢者と動物が安心して暮らせる社会の仕組みを作ることが課題です」
五十嵐先生は、その一つのシステムとして、高齢者の動物飼育のための「保険制度・監査制度」の構築を目指している。簡単にいうと、高齢者が動物を飼えなくなったあと、飼育を受け継ぐ人(あるいは団体)に保険金が支払われ、そのお金が動物のために適切に使われ、飼育されているかどうかを第三者組織が監査し、見守るというものだ。
「今はその準備のため、保険会社、NPO法人、司法書士や行政書士といった専門家などと話し合いを重ねています。実用までにはいくつものハードルがあり、試行錯誤の繰り返しですが、新しい試みとはすべてにおいて苦労するもの。努力を惜しまず、進めていきたいですね。
実は私は獣医学部を卒業後、製薬会社に就職し、新薬(人間薬)を開発する研究所で研究員として働いていました。
50歳になったとき、これからは獣医師として動物を助ける仕事をしようと決め、臨床医に転身。51歳で開業しました。今年でちょうど20年目になります。
猫、犬、人間の長い歴史の中で、猫や犬は人間の都合で人とともに生きる宿命を背負ってきました。そう考えれば、最後まで猫や犬の面倒を見るのは、人間の責任であり恩返しだと思っています。そのためにもせっかく獣医師という『動物と人』に関わる仕事をしているのですから、できることは生涯、続けていきたいと思います」

左から動物看護師の青木さん、獣医師の太田先生、五十嵐先生、皆川先生、動物看護師の江草さん、松村さん
※1 体内のリンパ球ががん化する血液のがんの一種。猫には「消化器型リンパ腫」や「縦隔型リンパ腫」が多い。
※2 東京都に住む64~84歳までの要介護認定を受けていない男女1万1,200人を対象に、谷口優氏(独立行政法人東京都健康長
寿医療センター客員研究員、国立環境研究所主任研究員)が行った疫学調査。追跡期間の4年間に認知症を発症した人の中で、犬の飼い主は飼っていない人に比べて、認知症の発症率が約40%低いことがわかった。※3 加齢に伴い筋力や心身の活力が低下し、健康と要介護の間の虚弱な状態のこと。

三崎港から歩いてすぐのところにある
三崎動物愛護病院
神奈川県三浦市三崎5-12-3 THE OCEAN VIEW 1F
TEL 046-876-9741
診療時間:9:00~12:0 0 、15:00~19:00 木曜休診
https://misaki-ah.jp