東京都杉並区の静かな住宅街にある、猫と暮らす人専用のアパート「Gatos Apartment(ガトス アパートメント。以下 Gatos Apt)」。手掛けたのは、猫専用賃貸コンサルタントの木津イチロウさん。今でこそ多くなった猫専用賃貸を日本で最初にプロデュースしたパイオニア的存在だ。猫との暮らしを叶える理想の住まいについて聞いた。
文・片山琢朗
写真・内山光陽
3次元構造の広い部屋
「Gatos Apt」は、1階に広さ1DK35㎡の部屋を2つ備えた2階建てのデザイナーズアパートだ。オーナーの木津さんは、奥さんとお子さん、そして今年15歳になる愛猫のチーと2階の住居で暮らしている。
リビングに案内されてまず驚いたのが、大きな窓から降り注ぐ自然光の明るさと、吹き抜けによる立体的な広がり。階段を登った先は、屋上のベランダにつながる。木津さんがこだわるのは、「部屋の広さ」と猫が好む「3次元構造」、そして「ベランダ」だ。
猫を飼っている人に多いのが、「偶然猫を拾った」「知人から保護猫を譲り受けた」など、そのつもりはなかったけどノラ猫を家族に迎え入れたケース。
チーも同様に元ノラ猫で外の世界への関心が強く、ベランダはお気に入りの場所。木津さんは1階の賃貸にも、猫を外に出せる広いベランダを作った。2mの柵で囲まれているから、安心して猫を遊ばせられる。
「チーもそうですけど猫は外に興味津々で陽だまりが好きですよね」
猫にも人にも快適な住まい
猫専用物件と聞いてキャットウォークがある部屋を想像する人もいるだろう。しかし、ここには限られたキャットウォークしかない。設置しても無駄になることが多いからだという。
「遊んでくれるのは最初だけ。飽きれば『外が見たい』『窓辺で寝たい』といった猫の目的までの動線上にない通路は使わないんです」
代わりに木津さんは窓の位置を工夫した。大事なのは猫が動く目的を作ること。あとは猫の年齢や嗜好に合わせ、家具の配置を工夫するなどして動線をカスタマイズすればいいという考え方だ。
こだわりは猫用トイレの場所にも表れる。各部屋のドアに猫用扉を付けて自由に移動できるようにした上で、トイレや洗面所などの水回りを広く設計して猫のトイレをまとめて複数置けるようにした。換気扇でニオイを抑えられるし、人間のトイレに猫の糞を流したり、浴室でトイレを洗ったりとその場で完結し、常に清潔に保てるからだ。
「あくまでも人間ファースト。人間にとっての快適性を追求すれば、猫にとっても快適でストレスのない住まいになります」
猫可の物件が少ない!
2011年にGatos Aptが完成すると、木津さんのもとには噂を聞きつけた不動産オーナーからコンサルタントの依頼が舞い込む。
「都内の賃貸物件はほとんどが広さ20㎡程度。人と猫がストレスなく暮らすには少し狭いかもしれません」
だからワンルームでも30㎡以上に、それ未満でも天井を高くしてロフトを備え、3次元的な広がりのあるストレスを感じさせない構造を実現する……。これまでの経験を注ぎ込み、いくつもの賃貸をプロデュースしてきた。完全室内飼いで猫は3匹まで(それ以上は応相談)、避妊去勢手術必須、全面禁煙などやや厳しめの入居条件を設定してきたが、部屋が空けばすぐに埋まるという。
一般社団法人ペットフード協会の調査によれば、猫と暮らしたい人にとって阻害要因の断トツ1位は現在住んでいる集合住宅がペット不可だから、2位は長期の外出ができないからだったという。「この1位2位を取り除けば猫と暮らす人はまだ増えるはず」と木津さん。まず猫と暮らせる賃貸を増やすことに意義と手応えを感じている。
そして、長期間の外出をしづらい人のためには、LINEでグループを作るなどして入居者同士のコミュニケーションを促している。同じ猫好き同士、キッカケさえあれば仲良くなるはず。現に旅行のときに猫を預けたり、病院に猫を連れて行くのを手伝ったり、助け合う環境が自然に生まれるという。
「うちの住人は30代が中心。働き盛りで余暇も楽しみたい世代です。猫の寿命が延び、終生飼養を考えた場合に、ハード面だけでなくソフト面でも支えなければと思いました」
一方の不動産オーナーは、猫に特化した物件を作りづらいという現状がある。賃貸の需要全体の中で猫というニッチな需要に特化するのは思い切った決断だ。そして、多くのペット可物件が掲げる「犬猫1匹まで」という条件は、実は犬に合わせたもの。
つまり、賃貸市場ではいまだに「ペット=犬」であり、オーナーにとって「犬の物件の方が楽」なのだという。だが猫の場合、2匹以上で飼っている人が意外と多い。木津さんは、そういうミスマッチを解消する必要があると言いつつ、「地場に強くてオーナーとも密接な不動産会社なら、2匹以上である理由を直談判することで話が通ることもある」と、教えてくれた。
チーとウーのために
チーを抱っこする木津さん。自身同様、突然「猫に選ばれてしまった」人が気軽に猫と暮らせる社会を実現したいという。
15年前、ペット不可の物件で奥さんと暮らしていた木津さんは、庭に遊びに来るノラ猫を「チー」と名付けた。そのチーがある日、病気で目が見えない子猫を連れてきた。急いで病院に連れて行き、無事に目が見えるようになった小さな命に「ウー」と名付けて、2匹を保護することに決めた。
ペット可物件を探したが、猫2匹と暮らせる家は見つからなかった。「それなら自分たちで作ろう」と、約3年半を費やして建てたのが「Gatos Apt」だ。自分が苦労した経験から、人に貸せる部屋も一緒に作った。
恩返しするようにウーは、木津さんの物件をPRする広報担当になった。取材や撮影が入れば、率先して協力したという。でも今回の取材の数日前に、ウーは急性腎不全で天国へと旅立った。家族は消沈し、チーは我が子を探してしばらく鳴いていたという。
普段は絶対に取材に協力しないというチーがこの日、カメラに向かって色んな表情を見せてくれた。「こんなことは初めて!」と、木津さんが嬉しそうに笑う。
「僕たちはきっと、チーとウーに選ばれたんです。出会わなければ今も会社員をしていたのに、2匹のために家まで建てちゃって……」
夢は猫物件をもっと増やして殺処分される猫を減らし、幸せになる人と猫を1人でも1匹でも多く増やすこと。「チーとウーの家に住まわせてもらっている」という木津さんのにこやかな表情が、まさに猫と暮らす幸せそのものに見えた。