大阪の路地裏にある民家カフェ。6年前、そこにたどり着いたのは、一匹の小さな黒猫。今では、看板猫を務めます。
シジミ、ってアタシの名前は、ゆいこさんがつけたの。
ゆいこさんは、大阪の古い町の路地でカフェをやっているの。アタシは、そこの看板猫。「いらっしゃいませ」とまずはご挨拶しといて、お食事中は遠慮するけど、食べ終わった頃を見計らって、ぴょんと膝乗りするのが、アタシ流接待よ。ニンゲンが大好きなの。
7年前、捨てられたアタシがお腹を空かせてたどり着いたとこは、この店の前だった。ガラスの引き戸のすき間から、オレンジ色の灯りと、いい匂いが漏れていたわ。
店終いして出てきたゆいこさんは、お店の真ん前にちょこんと座ってるガリガリのアタシを見て、すぐにごはんをもってきてくれたの。
「神様にあの店に行きなさいって言われて、訪ね当ててきたみたいだった」って。ふふ、それは内緒。
アタシをどうするか、ゆいこさんは頭を抱えたわ。おうちは保護猫たちで定員オーバー。お店もペット不可物件だったから。
ゆいこさんは、京都住まいの大家さんに、まごころ込めて手紙を書いた。「シジミちゃんをお店で飼わせてもらえないでしょうか」って。
そして、アタシはお店猫になったの。さまよってた頃を思い出すから、入口の戸が開いていても、ゼッタイにお外には出ないわ。
ゆいこさんは、ひとりで、界隈の路地猫たちの避妊去勢手術をやってきたの。はじめは理解してくれなかった町内会長さんたちも、今は、手をつないで協力してくれているのよ。
アタシの後も、ワケアリ猫たちをしあわせにするため、ゆいこさんは休む暇もなかった。
アタシと同じ黒猫のワタは、引っ越しで置き去りにされて、空き家になった玄関前で、何日も何日も「入れて、入れて」と泣いてた子。
もうおばあちゃんになりかかる年になって、ワタは、元の我が家のまわりをうろつく路上暮らしになったの。ワタは、飼い主が迎えにくるのをずっと信じてたと思う。
そんなワタのことを耳にしたゆいこさんは、家に引き取って、「ゼッタイにしあわせにしてあげる!」って約束したの。ワタは、その言葉通り、今、やさしい家族のもとでのんびり暮らしてる。
去年、天国に戻っていったノリは、白血病と猫エイズのダブルキャリアだった。ヨレヨレで、この店の前までたどり着いて、「お前も神様に教えられてきたの?」ってゆいこさんに言われてた。
ノリは、アスカちゃんちにもらわれて、「ふつうの猫」として、たっぷりと愛されて旅立っていったわ。
しあわせになりたい。アタシたちの小さな声をすくいあげて、ゆいこさんは、今日も頑張ってる。だから、アタシも、恩返しに、せっせとお客さまにまごころサービスをしなくちゃ!
※このエピソードは、本が発行された2018年当時のものです
写真と文:佐竹茉莉子