4年前、とある農場の共同出荷場にさまよいこんできた痩せた猫、チャーリー(推定5歳♀)は、農家さんたちの愛情のもと、野菜たちといっしょに丸々と実っていきました。
文・写真 佐竹茉莉子
迷いこんだ痩せた猫
成田市郊外にある「おかげさま農場」は、無農薬の地場野菜を作る農家さんたちの共同出荷場である。同じ敷地内に「かざぐるま」という直売所も持っている。今日も、店内に入るなり、おなじみさんが声をかけた。
「チャーリー、カボチャがよく似合うねえ」。
声をかけられたのは、「あたしも無農薬です」と言わんばかりの顔をして、野菜たちと一緒にコロンと座っているキジトラの猫。農村らしからぬ「チャーリー」という名を持つ。出荷場の事務所住まいなのだが、人の集まる場所が大好きで、朝の出荷作業に立ち会った後は、直売所にやってくる。
チャーリーは、4年前の8月の暑い盛りに、前の小道を横ぎって、出荷場にフラフラとさまよいこんできた痩せこけた猫だった。当時まだ1歳未満と思われ、とても人懐っこかったので、もとは飼われていたのかもしれない。農場長の高柳家にいったんは連れていかれたものの、先住猫たちにどうしても受け入れてもらえず、出荷場の建物で暮らす「みんなの猫」となった。大きなソファーも自由に使えるし、あたたかなベッドも二つ持った。「チャーリー」の名は、当時高柳家にステイしていた農業実習の女子高生が、スヌーピーの飼い主チャーリー・ブラウンからつけたものだ。
チャーリーはとても穏やかな猫で、みるみるふっくら、みんなが作るジャガイモやカボチャや丸ナスに似てきて、すっかり「農場の子」となった。
朝の出荷に立ち会う
農家さんたちは、それぞれの畑で穫れた野菜を、毎朝出荷場に持ってくる。木曜日は「旬の野菜おまかせ定期便」を全国へ発送する共同出荷の日だ。チャーリーは、みんなが集まるのがうれしくて、いそいそと入り口で出迎える。農家さんたちも「チャーリー、おはよう」と笑顔でやってくる。
チャーリーのごはんはみんなの持ち寄りが棚にストックされている。風邪気味のときなどの通院費にあてるために「チャーリー基
金」という缶も置かれている。みんながこぞって可愛がるので、伝言板には「ごはんをあげた時間や量」が書きこまれる。
だが、チャーリーは、「まだもらってません」という顔が得意。やってくる農家さんを次々とカラのお皿の前にいざなうのだとか。
出荷場の責任者は、ドライバーの河田さんと、農家歴14年の稲葉さんだ。河田さんは、自宅で猫は飼っていないが、チャーリー愛は場内きって。チャーリーも、河田さんの出荷チェック作業につきっきりで立ち会う。
出荷を終えた農家さんたちは、必ずチャーリーに「じゃあね」と声をかけて帰っていく。ひとしきり遊んでいく人もいる。以前は猫が苦手だった高木さんも、今ではチャーリーの可愛さにメロメロだ。
直売所にも日勤
朝の出荷が終わって、農家さんたちが帰ってしまうと、さびしくなったチャーリーは、2階の事務所への階段を上っていく。そこで
事務スタッフに甘え、まったりと午前中を過ごし、午後に直売所の開くのを待つ。
今日の店番は、出荷場スタッフのひとり、稲葉さん。稲葉さんはチャーリーがふらふらと現れたときに保護してくれた女性だ。帳場にはチャーリー専用椅子もあるのだが、チャーリーは膝の上が好きだ
とにかく人が好きでたまらないチャーリーは、農家さんが何人か集まって立ち話でも始めると、すぐさま真ん中に座り、みんなを見上げて話に参加する。お客さんでにぎわうときは、野菜に混じって注目を集める。「やわらかです。漬け物に最適です」の丸ナ
スの籠に入って、笑いを誘ったりもする。客が途切れたときは人待ち顔で、店の前にたたずんでいる。「こんなに野菜が似合う看板猫がいるかしら」と、稲葉さんは笑う。
初めて来店する親子連れが入ってきた。「猫がいる!」と、少年が目を輝かせる。お母さんが野菜を選んでいる間、チャーリーは、少年と仲よく遊び始めた。
大地と共に
「その土地で穫れたものを食することが、命を大切にすること」「自然があって、人間社会がある」といったポリシーのもと、高柳場長のもとに集う無農薬農家さんは、現在十数軒。看板猫チャーリーは、口にこそ出さないが、全身でこうアピールしているようだ。「ここの野菜は、農家さんたちが愛情込めて育てた、安心でおいしい野菜なんですよ」。
おかげさま農場の人たちが愛情を注ぐのはチャーリーだけではない。場長の高柳家では、農具小屋で出産した母子猫を家猫にしている。石上さんは、畑で保護した猫を4匹飼っている。大竹さんは、成田空港の新滑走路用地買収で移転した人たちが置いていった猫たちの面倒を見ている。
都心の会社勤めから転職した、ひとり農家の稲葉さんは、3年前に道ばたでカラスに食べられかけていた子猫を保護した。去年は行き場のなかった子猫を迎え、この夏にはやはりカラスに突つかれたと思われる大怪我の子猫を保護した。これ以上不幸な子猫を増やすまいと、保護活動を続ける人たちと手を繋ぎ、地域で見かける飼い主のいない猫たちの避妊去勢手術に乗り出したところだ。
「以前の私は、猫はみな単なる『猫』でしかありませんでした。でも、チャーリーがやってきてから、なぜか猫の縁が続いて。みんなそれぞれの個性と可愛さがあって、同じ大地に共に生きているのだとしみじみ思います。育てている野菜と同じに、愛情を注げばおいしく実ってくるいのちだと」
秋の深まりとともに、チャーリーは冬に備え丸々と実ってくる。